アメリカ映画には、ロシア人キャラなくしては成り立たないストーリーが存在する。例えば、宇宙モノ。『スタートレック』シリーズから、エンタープライズ号の乗組員でおなじみのパーヴェル・チェコフ。『バビロン5』の副司令官スーザン・イワノバ。スパイ・モノも、冷戦時代を舞台にした作品(『ストレンジャー・シングス』)から、現代が舞台のもの(『HOMELAND』)まで。さらにチェス(『クイーンズ・ギャンビット』)やIT(『DEVS』)といった題材など、実に様々である。
しかし、ロシアがストーリーのキーとなっている作品も散見される。近年のアメリカのドラマ・シリーズから、最もロシア的な作品をピックアップしてみよう。
『ジ・アメリカンズ』(2013~2018)
実に6年もの間、アメリカの視聴者は1980年代のワシントン郊外で夫婦を装って暮らすソ連のエージェントの物語を見守り続けてきた。エミー賞やゴールデングローブ賞の受賞に加え、視聴率や評論も高評価。ストーリーが創作なのは当然だが、実際の出来事をベースに考案された物語だ。原案は、元CIA将校のジョー・ワイズバーグ。彼は同業者を相手にした経験に加え、1990年代初頭に元KGBのワシリー・ミトロヒンがソ連から持ち出したアーカイブ資料も参考にした。
もちろん、作中にはアクションやチェイスなど、スパイ物につきもののアトラクションが満載で、じゅうぶんに流暢なロシア語も話されている(脇役には、ロシア語を母語とする演者もいる)。非合法活動の描写は中々リアルだが、例外もある。例えば、KGB側の監督者が、エージェントに子供を作るように命じるとは考えにくい。もっとも、これは家庭と仕事のバランスというテーマを扱うメタファーとして、非常に効果的なのは確かだ。
『Siberia』(2013年)
サバイバル・リアリティショーの撮影のため、世界中から20人ほどの人間がシベリアの森林に送られる。ルールは簡単。100年ほど昔の条件下で、厳しい自然環境を数週間生き延びることだ。もっとも長期間耐えられた優勝者に賞金が出る。
ところが、ショーは早々に雲行きが怪しくなる。何やら不可解な出来事が連続し、さらに撮影クルーは司会者とともに消えてしまい、参加者は荒れ狂う自然と超常現象の中に置き去りにされる。しかも、番組が選んだロケーションにも問題があった。なんとそこは、100年前にあのツングースカ大爆発を起こした隕石が落ちたという場所だったのである。UFO研究者の多くは、あれが実はUFOの墜落であったと主張しているのだ。
さすがに、この作品は『LOST』や『ブレア・ウィッチ』を超えることはできなかった。撮影地もシベリアではなく、カナダのバーズヒル州立公園。ロシア要素は、女優のサビーナ・アフメドワ(ドラマ・シリーズ『Gold Diggers』のスターである)くらいで、役柄も退役イスラエル軍人だ。しかし、シベリアのミステリアスな雰囲気と、ぶっとんだ幻想的物語とさえマッチし得るその不思議な存在感は伝わったのではないだろうか。
『チェルノブイリ』(2019年)
チェルノブイリ原発事故の災害対応にテーマを取ったミニシリーズ。あの超人気シリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』のファイナル・シーズンとほぼ同時期に放送されたが、なんと!IMDbポータルのランキングで早々に『ゲーム・オブ…』を抜くというセンセーション。現在でも同ポータルのトップ250の中で5位をキープし続けている。
作品の舞台はソ連、登場人物は全員ソ連人。演者は主にイギリス人俳優だが、スウェーデン人俳優のステラン・スカルスガルドもいる。脚本はアメリカのクレイグ・メイジン、監督はスウェーデンのヨハン・レンク。こうなると、ありがちなロシアに関する誤解や勘違いを懸念するところだが、ふたを開けてみると、これほど真に迫り敬意に満ちた見事な歴史ドラマは、他にあまり類を見ない。
撮影地は、主にリトアニア。同地にはソ連時代の住宅地が残り(プリピャチと見分けがつかないほどだ)、チェルノブイリと同型のイグナリナ原子力発電所もある。舞台装置や小道具はソ連出身者たちが担当し、衣裳と日用品は旧東側陣営の国々で買い集められた。役者たちは撮影前に、ノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが事故当事者たちの聞き取りに基づいて執筆した『チェルノブイリの祈り』を読んで、役作りを行った。
事実に基づくことも重要だが、何より、本作は当事者たちの自己犠牲と偉業を描写した力強く、観る者に訴えかけ、彼らに思いを馳せさせる作品になった。
『ロシアン・ドール: 謎のタイムループ』(2019~2022年)
マトリョーシカ…ロシア旅行者におなじみの、最もロシア的なお土産品にして、最もロシア的モチーフだ。この人気コメディドラマのストーリーは、確かに、マトリョーシカのユニークな構造を思わせる。ニューヨークに住むゲームデザイナーの女性の人生が、突如、「マトリョーシ化」する。映画『恋はデジャ・ブ』よろしく、彼女は同じ日を繰り返しては、その日の終わりに死に至る。つまり、人生の中にもう1つの人生があって、それが無限に繰り返されるのだ。
マトリョーシカというロシア的メタファーだけでは不足と、製作陣は感じたのだろうか。ヒロインはロシア風のナージャという名を与えられ(彼女は明らかにロシア系で、交友範囲もロシア系移民と思しき者が多い)、ソ連の伝説的歌姫アーラ・プガチョワに似た明るい赤毛の特徴的なヘアスタイルになった。偶然かもしれないが、プガチョワのフィルモグラフィーで最も有名なものは、彼女が正月映画『運命の皮肉』で、ナージャという登場人物の代わりに吹き替えで歌う歌である。
『THE GREAT 〜エカチェリーナの時々真実の物語〜』(2020年~現在)
女帝・エカチェリーナ大帝。ロシア史上でも最も重要な為政者の一人であるこの女帝は、多くの映画製作者を刺激してきた。それもそのはず。温和なドイツ生まれの姫が、雪深い巨大な帝国にやってくるや、たちまち適応し、宮廷クーデターをもって不和だった暗愚な夫を廃し、専制君主となった。なんという人生だろうか。多くの側近兼愛人を持ち、ヴォルテールと書簡を往復させ、改革を断行し、戦争を経てロシアを欧州の列強に並ぶ大国に成長させた。彼女を演じた女優はマレーネ・ディートリヒ、カトリーヌ・ドヌーヴ、キャサリン・ゼタ=ジョーンズらを筆頭に、枚挙に暇がない。
しかし、エル・ファニング(『ネオン・デーモン』など)が主演する『THE GREAT』は、これまでのエカチェリーナ女帝映画とは一線を画す。『チェルノブイリ』とは対極に、史実の柔軟な改変や、アブラハム・ポプーラ演じる黒人のロストフ伯爵など、歴史家にとってはイライラしそうな自由な設定が多い。そもそも『THE GREAT』は、歴史ドラマではない。むしろ、ユーモアたっぷりのブラック・コメディであり、『ゲーム・オブ・スローンズ』と『マリー・アントワネット』をケレン味たっぷりに混ぜ合わせた作品だ。宮廷の中世的な残酷さ、豪奢と放蕩は、関係性による加害関係から脱しようと苦心する様子を描くという、極めて現代的な女性の葛藤を描く道具となっているのだ。それはそうと、熊とウォッカとイクラもしっかり登場する。