単独インタビュー:宇宙で撮影された初の映画、その舞台裏とは?

Russia Beyond (Photo: Roscosmos/TASS; Klim Shipenko/Roscosmos, Channel One, 2023)
 撮影の模様と、軌道上で映画を撮影する意義について。クリム・シペンコ監督がロシア・ビヨンドに語ってくれた。 

 クリム・シペンコ監督が宇宙を題材にするのは初めてではない。『サリュート7』(2017)は実話ベースのスリラー作品で、1985年に同名の宇宙ステーションを救うためにソ連の宇宙飛行士たちが奮闘する物語である。そして今度は、監督自らが宇宙に挑んだ!女優のユリヤ・ペレシルドとともに2週間を国際宇宙ステーションで過ごし、『挑戦(ザ・チャレンジ)』の重要シーンを撮影した。同作は、宇宙で撮影された世界初の映画である。ごく普通の女性外科医が、宇宙飛行士の命を救うために、これといった訓練もなく国際宇宙ステーションに飛ぶことになる、というストーリー。

– 映画のストーリーはある意味、監督とユリヤさんの体験をなぞっているのではないでしょうか?同じように、宇宙と無関係な職業の2人が国際宇宙ステーションに行ったわけですから。

– そもそも、作品がそのように構想されていて、事情が先にあったのです。『サリュート7』は最初にシナリオがあって、それをどう撮るか考えました。今回は、まず最初に宇宙飛行の機会を得て、そこからストーリーが生まれました。私たちはどのような可能性があるか考慮し、国際宇宙ステーションで撮影できる内容、事前訓練の時に撮影できる内容などを考えていったのです。その時どきの環境がストーリー展開や空気感のヒントを少なからず与えてくれました。私たちは一種の「シネマ・ヴェリテ」に取り組み、リアルな、誇張無しの宇宙を見せることができました。セットで撮影された宇宙映画は、見栄えを良くしようとして、誇張されがちです。『挑戦』では、リアルな実際を見せています。

– ユリヤ・ペレシルドの髪が無重力状態で舞っている様子が、映画の雰囲気を損なう怖れはありませんでしたか?ドラマチックなストーリーなのに、コミカルに見えかねません。

– そのことは考えませんでしたね。もちろん、そういう状態になることは分かっていましたし、私も準備しながら、どのような影響があるか疑問に感じたことはありました。考察してみると、何の影響もありません。その状態自体は、良いことです。全てホンモノなのだという事が分かりますから。地上では再現できません。だから、『ゼロ・グラビティ』のサンドラ・ブロックや、『インターステラ―』のアン・ハサウェイは短髪だったのです。無重力状態の長い髪を再現するのはほぼ不可能なので、完全に製作上の都合というわけです。私たちの場合は、簡単にその効果を得られました。

– 『挑戦』で見られたような、無重力状態で自由自在に移動する様子は、地上では撮影可能でしょうか?『ゼロ・グラビディ』ではそのようなシーンは少な目でしたが、あれは10年前の映画です。当時からはCGも進歩したのでは?

–  『ゼロ・グラビティ』は大好きな映画で、素晴らしい作品だと思います。ただ、私にとってあの映画が特別なのは、その撮影手法のおかげではなくて、構想のおかげです。撮影に関する制約という点では、私が『サリュート7』を撮った時と同じです。もちろん、アルフォンソ・キュアロンの方が大きな予算を使えましたし、長いシーンを撮影できて、宇宙ステーションのグラフィックも素晴らしかったです。でも、サンドラがステーション内を移動するシーンは、明かにロープで吊られているのが分かります。注意して見ると、サンドラは一度も自分の軸を中心に回転しません。ロープが背中に固定されているので、回転できないのです。

『サリュート7』

 『サリュート7』では、『ゼロ・グラビティ』には無かった物を実現しようとしました。例えば舞台装置を逆さに設置して、俳優のヴラジーミル・ヴドヴィチェンコフとパヴェル・デレヴャンコをロープで吊るして下ろしました。こうして、ハッチを通過したような映像を撮りました。『ゼロ・グラビティ』では、そのようなシーンではCGが使用され、サンドラは水平の状態で撮影されていたのが分かります。サンドラは常にお腹を下に向けて漂っているように見えます。私たちは無重力状態の宙返りも撮影できましたが、それはロープの固定方法を変えたからです。それでも多くの制約は克服不可能でした。

『ゼロ・グラビティ』

 『挑戦』でユリヤが見せたような、無重力空間における自由な浮遊を地上で撮影しようとすれば、『ゼロ・グラビティ』の船外活動のシーンのように、ユリヤをフルCGにするしかありません。あのシーンで「本物」だったのは、セットであらゆる方向から撮影されたサンドラ・ブロックの顔だけで、あとはCGです。しかしフルCGにするのは非常に難しい上に、大変高価です。私たちが撮影したのと同じくらいの量の無重力シーンを地上で撮影するのも可能ですが、より高価になったでしょう。そもそも、そのような映画はまだ見たことがありません。

 リアルな無重力シーンのある映画は、そう多くはありません。10も無いんじゃないかな。宇宙を撮影したい監督はたくさんいますよ。ただ、みんな限界を感じているのです。

– 国際宇宙ステーションでは、カメラも無重力状態になります。これは撮影上有利でしたか、不利でしたか?

– 有利にも不利にも働きました。カメラも無重力状態で漂って欲しいと考えました。観客にも無重力状態にあるかのように感じて欲しかったのです。しかしカメラを動かすと、焦点の問題が出てきます。焦点操作も私がやるわけですから、同期させる(片手でカメラを、片手で焦点操作を行う)のは非常に困難です。この技術は地上では習得不可能でしたから、結局、宇宙ステーションで練習することになりました。徐々に慣れていって、次第にうまくいくようになりました。

– 舷窓の「自然な」光をあれほど多用するのは、当初からの構想だったのですか?

– 国際宇宙ステーションが1日に地球を16周するため、日没と夜明けが16回見られることは知っていました。ただ、光が舷窓を通してどのように作用するかは、全く分かりませんでした。地上でそれを再現して見せてくれる訓練シミュレータはありませんでしたから。結局、現地で対応することになりました。私は文字通り劇映画を撮りたかったので、光も「劇的」に、ストーリーに作用して欲しかった。なので、光の選択に努めました。このシーンには日没が合う、このシーンは夜明けが合う、ここは闇の方が良い、ここは陽光が相応しい、など。30分毎に様子が変化するのに慣れてくると、何をいつ撮るか、ちょうど良く合わせられるようになりました。

– ユリヤ以外では、アントン・シカプレロフ、オレグ・ノヴィツキー、ピョートル・ドゥブロフら、本物の宇宙飛行士も出演していますね。彼らはスムーズに役に入り込めましたか?それとも、素人俳優との仕事は困難でしたか?

– 宇宙飛行士のみなさんには場面ごとに自分自身を演じてもらいましたが、それでも難しかったですね。緊張をほぐし、画面の中に溶け込んでもらうのに時間を要しました。そんな訓練はしていませんからね。彼らはテレビ用の動画を撮る練習はしていますが、それはカメラの前に立って、プロンプターに表示される文を読むことです。しかし映画で演技をするのは、全く別の技術です。以前にも素人俳優を撮影した経験はあったので、やり方は分かっています。地上でも練習を重ね、宇宙ステーションでも練習しました。全体としては、うまくいったと思っています。

 正直なところ、この企画では何もかもが挑戦でした。簡単にこなせた事は何一つありませんでした。例えば『サリュート7』でも管制センターを撮影したので勝手は分かっていましたが、同じことの繰り返しにならないように、違うやり方を意識的に選択しました。

– プレスリリースによると、国際宇宙ステーションで撮影された素材は78時間21分に及んだとのことですが、予備のカット以外には、どのような内容があったのですか?

– 確か、実際に国際宇宙ステーションで撮影した素材自体は、もっと短かった筈です。30時間くらいでしょうか。予備のカットや、ステーションの風景や地球の眺めなど…あらゆるディティールやニュアンスを撮影しました。撮れるものは何でも、時間の許す限り撮影しました。宇宙が見せてくれる物は全て撮りましたね。私とユリヤで想定以上、150~180%の力を出したと思いますよ。帰還してから、「しまったなあ、アレを撮り損ねた」なんて後悔したことはありません。

– 船外でシーンを撮影したいという欲求はありませんでしたか?

– やりたかったですよ。でも、「可能だけど、それならあと半年の訓練が必要」と言われました。それに正直なところ、そんな船外撮影は、ただそれをやったという事実以上にはならなかった思います。何かしら効果的なシーンを撮影できたとは思えません。宇宙飛行士のPOV(視点ショット)はすでにあります。船外活動の中継で必ず出てきますから。俳優の船外活動を撮影するのは大変困難ですし、作中の効果も想定しにくい。そういうわけで、宇宙行きを延期しないよう、そうしたシーンも撮らないことにしました。

– 『挑戦』は、あなたとユリヤのキャリアにどう影響すると思いますか?あるいは、映画業界にどのような影響を与えると思いますか?

– 私たちのキャリアについては、何とも言えません。全体としては、私たちの作品が宇宙に関する知識の普及に役立つと期待したいです。それが当初からの目的でもありました。広くオーディエンスに、宇宙飛行がリアルであると伝えたい。もっと多くの人々に、宇宙に関わって欲しいと考えていました。ある程度、この目的はすでに達せられたと思っています。私の友人たちからも、「息子が『挑戦』を見て、宇宙飛行士になりたいと言った」なんていうメッセ―ジが沢山来ていますから。

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