アレクサンドル・プーシキン『スペードの女王』のショートサマリー

ロシア・ビヨンド, トレチャコフ美術館, 岩波書店, 2005
 この短編小説は、ある超自然的、神秘的なできごとについて語る。それは、人間の貪欲さを、その真実の醜悪極まる姿を白日の下に晒す。

 利己的な誘惑に屈しやすい男が、若い娘を欺き、彼女の手引きで、死にゆく老貴婦人からトランプの究極の必勝法を聞き出すが…。

ストーリー

 ロシア帝国陸軍の工兵将校、ドイツ人のゲルマンは、トランプ賭博への情熱を抑制している。彼はギャンブルが大好きで、他の将校たちがトランプをしているのをいつも傍から見ているが、自分で遊ぶことは決してない。彼には、浪費できる余分なお金がないからだ。

 しかも彼は、ドイツ人の持ち前として、無駄遣いはせず、財布の紐が堅い。今ないものを得るために必要なすべてを危険にさらす用意は彼にはない。だから、ゲルマンは、慎重さ、抑制、勤勉さの原則を堅持していると自分では思っているが、心の奥底には、手っ取り早く大金を稼ぎたい衝動がとぐろを巻いており、それを彼は抑圧している。

 ある夜、ゲルマンは、友人の騎兵将校からたまたま次のことを聞かされる。彼の祖母である年老いた伯爵夫人が、数千年の長寿を保ったというサンジェルマン伯爵から、ある秘密、すなわち、3枚の必勝の勝ち札を教えられたというのだ。この話に深く心を動かされたゲルマンは、どうにかして秘密を知りたいという思いにとりつかれる。

 伯爵夫人に近づくために、ゲルマンは、夫人の養女で召使のように使われている若い娘、リザヴェータ・イワノヴナに言い寄り始める。娘の心を捉えたゲルマンは、夜の逢引のために、自分を伯爵夫人の邸宅に引き入れるように彼女を説き伏せる。

 しかしゲルマンは、リザヴェータの部屋に行って、彼女が期待するように、彼女に愛を告白するのではなく、老いた伯爵夫人の前に現れ、秘密を明かすように求める。彼女が拒むと、ゲルマンは弾薬を抜いた拳銃で老婆を脅し、彼女は恐怖してこと切れる。

 ゲルマンは、リザヴェータに助けられて邸宅から抜け出す。彼女は、彼の愛の告白が、彼の欲望のカモフラージュにすぎなかったことを悟り、打ちのめされる。

 自分の罪への報いを恐れつつ、ゲルマンは葬式に参列する。彼は、棺に近づき、遺体に目を向けると戦慄する。老伯爵夫人が目を開け、彼をジロリと睨んだのだ。

 その夜遅く、ゲルマンは、常にもなく痛飲した後、眠りに落ちる。深夜、彼は、奇怪な光景を見る。老伯爵夫人の幽霊が現れて、彼にこう告げる。毎晩1回しか勝負しないこと、養女のリザヴェータと結婚すること――それを約束するなら、3枚のカードの秘密を教える、と。ゲルマンは同意し、幽霊は勝ち札を明かす。すなわち、「3(トロイカ)」、「7(セミョールカ)」、「1(トゥーズ)」の順で張ること。

 3 枚のカードの秘密を知ったゲルマンは、もはやギャンブル以外のことはすっかり忘れ、3、7、1の組み合わせしか脳裏にない。彼は、すべての貯えを賭博場に持っていく。そこで男たちは、高い賭け金で「ファロ」をやっている(*「ファロ」は、トランプ賭博の一種で、ルーレットのように、偶然の「当たり」に頼るギャンブルだ。18~19世紀に欧米で大いに流行した――編集部注)。

 最初の夜、ゲルマンは 「3」に有り金ぜんぶを賭けて勝った。第二夜も、彼は有り金に昨晩の賞金を全額かけて再び勝ち、サロンの主催者の怒りを買った。

 第三夜、ゲルマンがサロンに戻ってくると、誰もがギャンブルをやめて、ゲルマンの神がかったプレイを見物に来る。老伯爵夫人の亡霊の指示に従い、ゲルマンはエースにすべてを賭ける。

 ところが、彼が自分の手を見ると、張ったはずのエースではなくスペードのクイーンがあった。 ゲルマンが誤ってエースの代わりにスペードの女王を選んだのか、そして、女王と老伯爵夫人がそっくりなのに衝撃を受けたのか。それとも、何らかの超自然的な力が働いて、勝ち札をスペードの女王にすり替えたのか…。読者には分からずじまいだ。

 いずれにせよ、ゲルマンは一切を失い、恐怖に駆られてサロンから逃げ出す。短いエピローグで、作者は、ゲルマンが発狂し、精神病院に収容されていることを明らかにする。読者はまた、リザヴェータが、立派な俸給を得ている官吏と幸せに結婚したことを知る。

作品の意味は?

 詩人アレクサンドル・プーシキンは 1833 年にこの短編小説を書き、翌年に出版した。人間の貪欲と神秘の物語は、ロシアとヨーロッパの読者の間で絶大な人気を博し、ロシアとフランスの作曲家をインスパイアして、オペラを書かせた。そのなかには、ピョートル・チャイコフスキーのオペラも含まれている。 

 『スペードの女王』のなかで、プーシキンは貪欲、無関心、偽善などの人間の悪徳や、一攫千金への深い渇望について語っている。

 ゲルマンの一見自己抑制の強い性格は、悪徳の犠牲になる。それは、老伯爵夫人と彼女の秘密について耳にするずっと前から、彼の心に潜んでいた。一攫千金の夢に幻惑されたゲルマンは、若い娘の心を打ち砕き、悔いることがない。老伯爵夫人の死も招くが、後悔しない。結局、彼は利己心と貪欲のために一切を奪われる。

 驚くべきことに、この物語は、実在の人物に触発されている。ロシアの貴婦人ナタリア・ゴリーツィナとその孫だ。伝えられるところによると、トランプで大金をすった孫は、祖母に助けを求めた。すると、老婦人は、サンジェルマン伯爵から教えられた3枚の勝ち札を孫に明かし、孫を救ったという。

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