ペトロフ家は3人家族で、全員がインフルエンザに罹った。ひとりずつ感染していったのである。この映画は心が熱に冒されたとき、人々はどうなるかを描いたもので、『インフル病みのペトロフ家』の邦題で4月23日(土)より日本で公開される予定となっている。お見逃しなく。
アレクセイ・サルニコフが小説家としてのデビュー作「The Petrovs In and Around the Flu」を発表したのは、新型コロナウイルスのパンデミックより数年前の2016年。そしてこれがロシアでヒット作となった。
多くの現代作家は著作の中でかなり過去のことを扱いたがることが多いが、サルニコフは近年のソ連崩壊後の時代を背景に選び、登場人物にはきわめて普通の人々を登場させている。ロシアの読者はこの小説の生き生きとした筋書や、ソ連時代のノスタルジックな魅力と共に描かれた現代の雰囲気に驚かされた。
あらすじ:正月の直前、ペトロフ家の全員が調子悪くなった。しかし、今の世界的な隔離政策と違い、インエルエンザに罹って具合が悪くても変わらず日常生活を送っていた―仕事に出かけ、正月休みの準備をし、息子たちを来る新年を祝うパーティーに連れて行ったのだ。しかし、体は動かしているふりを出来ても、頭は朦朧として心ここにあらずの状態であった。
インフルエンザ患者のゆがんだ心の内側を描いたこの映画に観客を引き込んでいく。これはサイケデリックな経験で、変幻自在の場面が次々と現れ、彼らの熱に冒された精神の内部に連れていかれる。
主人公のひとりであるペトロフは、とうの昔に使用期限の過ぎた薬を飲んだものの体温はいっこうに下がらず、逆に、とんでもない状況の渦に引きずり込まれる。心と体がばらばらになったようで、絶えず移ろうぼやけた情景の中にいるようなのだ。
息子のペトロフ・ジュニアもインフルエンザになったが、来る新年を祝うパーティーに出かけてたくさんのお菓子をもらって楽しんだ。父親のペトロフと言えば心の中で時間をさかのぼって子どもに戻り、同じパーティーに出ている。彼の白黒の思い出の中では、ソ連時代にあった現実や、酔っぱらったジェド・マロースと雪娘の冷たい手が思い起こされる。
もっとも驚かされるのは、母親であり妻でもあるペトロワ夫人のキャラクター。謙虚で慎ましやかなこの図書館司書にも、インエルエンザは感染し、彼女はバンパイア的な狂乱状態に陥っていく・・・。
「インエルエンザというものは、人々を深く奇妙で不安な現実に引きずり落とすのだ」。―映画批評サイトRotten Tomatoesにはこのようなコメントが書き込まれている。
とても超現実的であるのだが、この映画は現実的でもある。映画の中の場面場面は、ロシア人の生活を映し出している。そして、セットや衣装も細部まで再現されている。
この映画は少し抑え気味に、暗澹たる地方都市エカテリンブルグの12月の半解けの雪、正月前後の喧騒、壁に絨毯が掛けられ、小さな台所のついたマンションの一室、埃っぽい図書館などが描かれている。イライラした乗客を乗せた古いバスなどはまさにリアルである。
この映画は役者が際立っている。ペトロワ夫人はチュルパン・ハマートワが、ペトロフ氏はカリスマ俳優セミョーン・セルジンが、「バラエティー誌」曰く「不景気面で卑屈っぽく」演じている。また、初めて宇宙で撮影を行った女優ユリヤ・ペレシルドが短いながらも見事な演技を見せている。
この映画に出演している俳優たちは、キリル・セレブレニコフから出演依頼されたとき、とても断ることなど出来ないほど嬉しかったと語っている。セレブレニコフは並ぶもののない有名な劇場演出家であると同時に、優れた映画監督でもあるからである。
彼の作品は多くの名誉ある映画祭で上映され、「Playing the Victim」は2006年ローマ映画祭のグランプリを受賞、2012年ベネツィア映画祭では「Betrayal」が金獅子賞にノミネートされた。また、「The Student」や「LETO -レト- 」が2016年と2018年のカンヌ映画祭でプレミア上映された。「インフル病みのペトロフ家」はセレブレニコフにとってカンヌ映画祭でプレミア上映される3作目の作品となる。
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