1917年革命の指導者であるウラジーミル・レーニンは、映画は「もっとも重要な芸術である」と見なしていた。もちろん、彼がこう言うのは独自の目的があってのことで、それは、映画は読み書きができない大衆にとって格好の宣伝道具であると考えたのである。しかし、初期のソ連アヴァンギャルド映画はそれ自体が革命であり、その後たちまちのうちに進化した。ソビエト政権はすべての人民が映画を観ることができるように全国に映画館を建設した。
では、それ自体が芸術とも言える20世紀初頭の素晴らしい映画ポスターをご紹介しよう。
この実験的映画は、いまでは映画ファン必見の名作であるとされており、映画というものをまったく新しい視点で見せてくれる。冒頭のタイトルを映すシーンで、この作品は、字幕、脚本、舞台を持たない「視覚的事実を通じた映画コミュニケーション」であることを宣言している。いずれのポスターも、「カメラ」はすべてのものの真ん中にある「映画の目」であるとするこの作品の主要テーマである「メタファー」に基づいた作品である。
この映画は、ソ連の作家イリヤ・エレンブルグの短編小説を原作としたもので、ソ連が抱えていた自由を求める低所得者層という問題をテーマにしている。主人公はレンガ職人、ルイで、1870年の第三共和国宣言、パリ包囲やパリ・コミューンの時代の彼の物語を描いている。このポスターはルイの相棒である―パイプを目立たせており、煙の代わりに革命の時代の出来事を(映画のシーンから)、パイプから立ち昇らせている。
ガーリャはロシア内戦で夫を失ったが、生涯、夫への忠誠を貫き、素敵な男性と新たに出会っても心を寄せることはなかった。当時の性革命と結婚に対する新しい考え方から生まれた作品。
タークシブとして知られる、トルキスタン・シベリア鉄道の建設を記録したドキュメンタリー映画。この建設プロジェクトは、中央アジアからソ連に綿を運ぶことを想定した大変重要なものであった。砂漠地帯を爆走する列車の信じられないようなシーンが続くのは見もの。
ジョセフ・ポセルスキーはソ連のドキュメンタリー映画界の真の巨匠であった。彼はプロパガンダ映画で赤軍、メーデー、コムソモールから冶金術まで讃えた。この映画は社会主義国家の大スポーツ大会、スパルタキアードへの賛歌である。資本主義国家側のオリンピックに参加しなかったソ連は、共産主義国家版の大会を催したのである。
この映画の初版はソ連の官僚主義を風刺的に描いているとされ、検閲によって上映禁止になった。そこで監督は映画の再構成をして、「破壊」と「妨害行為」、「反革命的行為」などのソ連当局にとって重大な事柄に焦点をあてた。
アメリカに移民として渡り、ハリウッドでのキャリアをスタートさせる前は、アンナ・ステンはこの映画を含めソ連映画界のスター女優であった。このコメディー映画はモスクワで寝泊まりする場所を探す田舎から出てきた学生を助けるスタイリッシュな若い女性を描いている。(左側の)ポスターにはウイットを込めて書かれている。「彼はどこに行ったの?帽子箱を持った少女に会いに出て行ってしまった」。
この映画は、「世界がショックを受けた5分間」というタイトルでも知られている。ウラジーミル・レーニンが死に、世界中の動きが止まった(映画中の設定)5分間について描いている。
ソ連映画史上に残る金字塔で、今日に至るまで批評家から敬意を表され続けている名作。1925年製作のこの映画は、1905年のロシア第一革命と戦艦ポチョムキンの乗組員の反乱を描いている。
エイゼンシュテイン監督の時間を超えた名作をもうひとつ。これは1917年の10月革命に捧げられている。(上段左側の)ポスターには、「世界を震撼させた10日間」と書かれている。
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