「私はキューバ解放に来た」

 11月26日、キューバ革命を起こし反米の社会主義政権を率いたフィデル・カストロ前国家評議会議長が死去した。90歳だった。彼はこれからも毀誉褒貶の対象であり続けるだろうが、その名は既に世界の歴史に刻まれている。
Fidel Castro
フィデル・カストロ=  ロイター通信

 キューバ革命の指導者で20世紀に最も鮮やかな足跡を残した人物の一人、フィデル・カストロ前国家評議会議長が90歳で逝去した。「キューバは決して、平和と万人の福祉のための戦いを止めない」と彼は約束し、理念なき生活は何の価値もないと考えていた。そして生涯の最後の日々にいたるまで、世界の左派イデオロギーの偶像であり続けた。カストロが自認するように、もしオリンピックにサバイバル能力を競う種目があったとしたら、彼は金メダルを勝ち取ったろう。

 ロシアとカストロは常に、単に「温かい」という以上の関係で結ばれていたから、この指導者の死は、多くの人の追悼するところとなり、キューバ大使公邸に人々は献花に訪れた。

 ロシアのプーチン大統領は、カストロを「世界の現代史における一時代のシンボル」と呼んだ。そして 、「彼と同志が建設した自由で独立したキューバは、国際社会における有力な一員となり、多くの国と国民をインスパイアする模範となった」と、キューバ国民と政府に宛てた弔電で述べた。

 

「彼は世界を変えた」

 「カストロは世界を変えた巨星の一つだった」と、アレクセイ・プシコフ元ロシア下院国際問題委員長は、ツィッターに書き込んだ 。プシコフ氏はロシアで最初に弔意を表した人物の一人で、さらにこう付け加えている。「カストロは、55年間アメリカから圧力を加えられ、経済戦争の標的となっても持ちこたえられることを証明して見せた。その結果、米国の大統領のほうがキューバを訪問したので、逆ではなかった」

 ロシア連邦共産党の指導者ゲンナジー・ジュガーノフ氏は、このキューバの革命家は人類のモラルの権威であったと回想し 、こう述べた。「政治の巨人の一人が亡くなった。モラリスティックな政治、何よりも庶民の運命、勤労者の暮らし、平和を考える政治の基礎を置いた政治家、そして一人の人間が逝去した」

 ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領は、カストロは「全人類の歴史に極めて深い痕跡」を残したと述べた。またゴルバチョフ氏によれば、カストロは、「米国の経済封鎖が最悪だった時期、巨大な圧力にさらされていた時期に持ちこたえ、自国を強化し、とまれかくまれ、この封鎖から自国を引っ張り出して、独自の独立した発展の路線に乗せた」

 ドミトリー・メドベージェフ首相はフェイスブックで、カストロが今年8月に90歳の誕生日を迎えた時に電話で祝った際のやりとりを、こう回想している。「彼は、世界とロシアの出来事に生き生きとした関心を抱いており、最期まで鋭敏な知力と豊かな情報をもっていた」

 極右・自由民主党の指導者、ウラジーミル・ジリノフスキー氏はこう述べている 。カストロは「不屈さと勇気の手本」であり、カストロ治下のキューバは「特別な意義をもつ」時代として残るだろう、と。しかし、ジリノフスキー氏は、「5~10年後、キューバは、ラテンアメリカの大半の国がそうであるような、中くらいの、普通の体制の国になるだろう」とも語った。

 

「どんな『無罪』もあり得ない」

 その一方で、この日、ソーシャルネットワークには、この革命家に関する別の意見もいろいろと出ていた。

 例えば、野党指導者のアレクセイ・ナバリヌイ氏はツイッターにこう書いた。カストロは、自国民から50年の歳月を盗み、国を然るべき水準まで引き上げることがついにできなかった、と。「私は確信するが、今カストロに対する讃歌を書いている人たちは、一度もキューバに行ったことがないのだ。だが私は行った。主な印象はと言えば、貧困、破壊、窃盗だ」

 ナバリヌイ氏の支持者であるウラジーミル・ミロノフ氏もまた、キューバの一人当たりのGDP(国内総生産)の額7千ドル(約80万円)と、隣国のプエルトリコのそれ、2万9千ドル(約330万円)とを比較しているсравнил 。「ところが、最初のレベルは同じだった。これが君たちのカストロのすべてだ」

 ブロガー、セルゲイ・グリヤノフ氏は、次の事実を想起させる。2014年にロシアはキューバの負債317億ドル(約3兆6000億円)を帳消しにしたが、これは、キューバ国民一人当たりに換算すると、2813ドル(約32万円)となる。「これは、どこかの国がロシアの負債4120億ドル(約46兆6000億円)を棒引きにしてくれるようなものだ。しかし、そんな間抜けはいないだろう」。同氏はさらに、ブロガー、イリヤ・ワルラモフ氏の最近の以下の論文に賛意を表す

 「カストロは自国を困窮させた。かつては豊かな地域だったのに、アフリカの最貧国の状態まで引き下げてしまった。ここにはいまだに医薬品、食料品を援助しなければならない。まともな携帯電話網もインターネットもない。人々は、はした金のためにあくせく働かねばならず、唯一の幸福は、何かを盗めることだ」。今年10月に、ワルラモフ氏はこう書いていた。

 フィデル・カストロとは何者であったか――「血まみれの独裁者」であったか「アメリカ帝国主義に対する偉大な戦士」であったか――これは、永遠に議論が続くことだろう。ヨシフ・スターリンやイワン雷帝に関する議論が今なお止まないように――。ロシアの経済紙「コメルサント」はこう指摘している 。1953年にカストロは、モンカダ兵営(サンティアーゴ・デ・クーバ)に対する攻撃を行ったかどで裁判にかけられ、懲役15年が宣告されたが、「歴史は私に無罪を宣告するだろう」と述べた。「この言葉は流行したが、その10年後には、どんな『無罪』もあり得ないことが明らかになった。だが、カストロ派と反カストロ派との激論は、キューバが普通の(あるいはほとんど普通の)カリブの一国になっても止むことはあるまい」。こうコメルサント紙は記している。

 だがそれでも、カストロの主な遺産は、「キューバの独立自主外交のモデル」創出だと指摘するのは、ラテンアメリカの専門家であるヴィクトル・ヘイフェツ・サンクトペテルブルク大学教授だ。そして、もう一つの遺産は独裁的な政治体制である。ただしそれは、カストロの支持者の多くが誇っているようなものではないという。

 「キューバ経済は、単一製品のそれのまま残った。いかに政権が努力しても、その構造を克服できなかった。なるほど、キューバは生き残った。だが、よもやそれが課題だったわけではあるまい」。ヘイフェツ氏はこう語った。

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