画像:ナタリア・ミハイレンコ
ちょうど1年前の7月17日、現在も続くヨーロッパでの大規模な戦争における最悪の悲劇の一つが起きた。ウクライナ東部のドネツィク州トレズ市近郊で、アムステルダムからクアラルンプールへ向かっていたマレーシア航空のボーイング777型機(MH17)が墜落し、乗員乗客298人全員が死亡した。
西側諸国とウクライナの世論は当初から、事故の責任は、「親露派の兵士」、つまりウクライナ東部の義勇軍にあるか、ロシアが直接関与していると確信していた。確かに、公式の調査でこの説が裏付けられる可能性はあるが、今のところは分からない。
まだ調査が終わっていないので、断片的な情報をつなぎ合わせるしかない。しかも、それらは、調査に関わっている組織、人間のしばしば政治的でエモーショナルな声明なのだ。
ナジブ・ラザク・マレーシア首相は、調査は事故の責任者を明らかにできる地点に近づきつつあると述べたが、その責任者を示しはしなかった。
国際的な調査団を主導しているオランダ安全委員会は中間報告をまとめ、各国の専門家に送っているが、これも、リークで知られるだけで、CNNが匿名の情報筋の話として伝えたにすぎない。そこでも、「親露派兵士」の責任だとされているものの、報告は一部しか明らかにされていない。
という次第で、倫理的、政治的にこの上なく重要な問題において、この1年間世界は、ウクライナ紛争に独自の利害をもつ各国政府の、必ずしも常に根拠に裏付けられているとは限らぬ「公式情報」に甘んじざるを得なかった。
これらに次ぐ主要な情報源は、ソーシャルネットワーク(SNS)の「匿名の筋」によるもので、しばしば虚偽であるか、部分的に“編集”されている。あとは、「オープンソース」の情報に基づいて考察する専門家の見解があるだけ。
およそ戦争にあっては、あらゆる当事者が嘘をつくものだが、ウクライナ紛争の場合、直接の当事者である、ウクライナ政府と“親露派義勇軍”のみならず、それらを支援する、影響力ある国――西側諸国とロシア――も同様に、虚言を弄している。
普段は自由で批判力をもつ西側世論が、これほどその持ち前の批判力を失ったことはかつてなかったろう。
ロシアは言論の自由の欠如で批判されるが(それはしばしば正しい)、そのロシアにとっても、こうした状況は驚きだった。なるほど、わが国の国営テレビは定期的に、反ウクライナ的な“公式情報”を流す。だがそれと同時に、西側及びウクライナの視点を伝えようとする独立系のメディア、情報源も多数ある。我々ロシア人は、少なくともそれらを比べることができるのだ。
ところが、西側諸国の自己批判力はというと、それは戦争を食い止め得るファクターであるにもかかわらず、逆に、さらなる流血に事態を押しやりかねないレベルなのである。
良識に照らして考えれば、昨年7月17日の悲劇の後では、国際社会は、せめて事故調査を行う期間だけでも紛争を止めるべく全力を尽くすべきだったろう。ところが西側諸国は、そのかわりに、アメリカの偵察衛星によるデータとSNS情報を援用し、口をそろえて義勇軍とロシアを非難した(そのデータは未だに公開されていない)。
SNS情報の嘘のほうが、公式のそれよりは本当らしく聞こえ、結局のところ、世界は、まだ調査結果が出ていないというのに、悪いのはロシアと義勇軍だと決め付けてしまった。
こうしてウクライナ軍は、精神的な支持を得て、新たな力をもって“反乱軍”に対する攻撃を始めた。
国連のデータによると、ウクライナ東部の死者は既に6000人をくだらない。しかも、その大半が一般市民だ。
ウクライナ軍の投下する爆弾は、事故調査が行われている場所の近くにも落ちているが、これはSNSの風評ではない。私は定期的にウクライナ東部を訪れているし、事故当時は、それらの場所にも足を運んでいる。事故後かえって紛争が激化したことは、欧州安全保障協力機構(OSCE)も、西側のジャーナリストも裏付けることができるだろう。
現時点で確かに分かっていることは何だろうか?昨年、5月26日にペトロ・ポロシェンコ氏がウクライナ大統領に選ばれて以来(ちなみに同氏は、選挙戦で早期の和平を約束していた)、ウクライナの紛争は新たな段階に入った。すなわち、ウクライナ軍は、自国の諸都市に対し空軍を使い始め、まず、百万都市のドネツィクが爆撃されて、一般市民に犠牲者が出た。
その後はルハーンシクで、中央広場爆撃の結果、やはり一般市民が死亡。ところが、ウクライナ政府は公然と嘘をつき、犠牲は義勇軍によるもので、彼らが地方政府庁舎のエアコンを銃撃した際に生じた、と述べた。
また、スラヴャンスク近郊は、事実上、ウクライナ軍の砲撃により地上から消えてしまった。私は最近ここを訪れたが、多くの家屋では、1年経つ今も瓦礫が片付けられていない――ここは、ウクライナ軍が“解放”した地域とされているのだが…。
昨年7月17日頃までには、空からの攻撃は至る所で行われており、親露派義勇軍の側にも、対空砲火が現れ始め(おそらく、ロシアの援助があっただろう)、ウクライナ軍の戦闘爆撃機を撃墜し出した。なかには、6500メートルの高度で同軍の輸送機を撃墜したケースまであった。
こういう状況だったから、親露派義勇軍が、観測装置の不備または訓練の不足で、旅客機を軍の輸送機と勘違いして落とす可能性があったことは容易に推測できる。ましてや、当時、義勇軍の指導者の一人であったイーゴリ・ストレルコフ氏は、この日トレズ地区で、ウクライナ軍用機を撃墜したと声明していたのだから。
とはいえ、理屈の上では、ウクライナ軍が撃墜した可能性もある。同軍はその当時、義勇軍が空軍力をもつのではと懸念していた(それは結局、杞憂に終わったが)。
だがウクライナ側も、連日虚報を流している。その嘘の中には、事故が起きた7月17日にはウクライナ軍用機が飛んでいなかった、というのもある。
おそらく、公式の調査で、どの場所からどんな兵器で、あの運命的な一発が放たれたか、ある程度の確度で特定されることだろう。だが、当時は、紛争にははっきりした戦線が形成されておらず、ウクライナ軍も、義勇軍もいた可能性のある場所がたくさんある。
いずれにせよ、悲劇の大本の原因は、ウクライナの戦争だ。MH17機の犠牲者を無にせず、真実を突き止め、新たな流血を食い止めるためには、西側世論の批判力が極めて重要だ。人命の価値ははかり知れない。彼らの殺害は許されるものではない。それはドネツィクやゴルロフカの住民の殺害が許されないのとまったく同じだ。
ヴィタリー・レイビン
ロシアのジャーナリスト、「ルースキー・レポルチョール(ロシア・リポーター)」誌編集長。
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