ネムツォフ氏殺害事件の捜査混迷

ロイター通信撮影

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野党指導者ボリス・ネムツォフ氏が殺害された事件で、宗教的な動機を覆す情報が浮上し、捜査の主要な説が崩壊しようとしている。捜査当局があえて世論をもてあそんでいると考える人もいる。

 ネムツォフ氏殺害事件に関する新たな詳細は、捜査の主要な説「イスラムの痕跡」に疑問を投げかける。この説によると、預言者ムハンマドの風刺画を掲載したフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」をネムツォフ氏が支持したとして、ロシアのイスラム過激派が殺害したという。

 しかしながら、「モスコフスキー・コムソモレツ(MK)」紙が入手したカメラの映像では、犯人が逃亡したとされる車がネムツォフ氏の自宅周辺に出没し始めたのは、「シャルリー・エブド」事件よりも前の9月だったことが見てとれる。MKの仮説によると、ネムツォフ氏への監視はかなり前から行われていて、殺害の動機となったのは昨年8月に氏によって行われた「チェチェン人傭兵」に関する発表。ウクライナ南東部でチェチェン人傭兵が戦っていると、氏は考えていた。

 

「息子はあまり信心深くなかった」

 これまで宗教的な動機の説を支えていたのは、主犯格とされるザウル・ダダエフ容疑者の自白。殺害の計画と実行を認めている。ロシア連邦内務省国内軍の元軍人であるダダエフ容疑者は、内務省のヴァシリー・パンチェンコフ報道官によると、ネムツォフ氏殺害事件の翌日2月28日に自らの希望で退職した。事件が起こった時、容疑者は休暇中であった。捜査当局は、容疑者が殺害の準備を行うために休暇をとったと考えている。現時点でダダエフ容疑者の遠い親戚や友人など、容疑者は他に4人いる。うち3人はチェチェンの特別作戦中に拘束された。他の1人は拘束の際に手榴弾で自爆した。

 しかしながら、ダダエフ容疑者はその後、それまでの自白を否定し、拘束時に自分と一緒にいた仲間のために自白したと述べた。MKによると、自白をすればその仲間を解放すると言われたという。また、人権活動家のもとには、暴力で自白を強要されたことを訴える容疑者からの苦情も届いた。

 容疑者の親族は宗教的な動機を否定。「ザウルはそれほど信心深くなかった」と母親は、ロシアのメディアRBCに述べている。

 

内部対立

 ロシア科学アカデミー世界経済・国際関係研究所の主任研究員でイスラム研究者であるゲオルギー・ミルスキー氏は、なぜ捜査当局が「イスラムの痕跡」の説を維持し続けるのかについて、ロシアNOWにこう話した。「これはもっとも便利な説。依頼者なし、動機明確、そして痕跡消滅。だがこの人たちが宗教のことで怒るほど敏感だったとは思えない。ネムツォフ氏は宗教についてそれほど話していなかった」。動機はまったく異なるのではないかと、ミルスキー氏は考える。

 2つの説(宗教的不寛容または長期的に計画された殺人)は、ロシア連邦保安庁(FSB)が何も知らなかったことを意味すると、ジャーナリストのオレグ・カシン氏はウェブサイトkashin.guruに書いている(カシン氏は2010年に襲撃を受け、当時のドミトリー・メドベージェフ大統領自ら事件捜査の指揮をとったものの、依頼者はいまだに見つかっておらず、カシン氏はスイスに移住した)。しかしながら、カシン氏は「特殊機関がこれほど長期の計画を知らなかったなんて想像できない」と書いている。FSBは近年、チェチェン共和国のラムザン・カディロフ首長を大々的に批判していた。「FSBの消極的な役割はそのためで、カディロフが陥穽にはまるようにあえて消極的になり、はまったところを見計らって派手に動き始めた、という方が信じられる」とカシン氏。

 「プーチン政権で初めて、ラムザン・カディロフと連邦保安庁など治安機関の激しくあからさまな体系的対立が生じている。治安機関関係者は今や、カディロフの側近が殺人者だと社会に信じ込ませようとしている」と、独立政治学者のスタニスラフ・ベルコフスキー氏も話す。ベルコフスキー氏には、宗教的な動機が最初からあり得ないと思えた。