ゴルバチョフ・インタビューその2

DPA/Vostock-Photo撮影

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 冷戦終結の象徴となったベルリンの壁崩壊から四半世紀が経ったが、新たな壁と溝が欧州に生じつつあるようだ。当時ソ連大統領だったミハイル・ゴルバチョフ氏(83)が、ロシアNOWと「ロシースカヤ・ガゼータ」(ロシア新聞)への特別インタビューで、25年前を振り返りながら、ウクライナ問題をきっかけに深刻な危機に陥ったロシアと欧米の関係に警鐘を鳴らし、提言を行った。

―今日、すべてのロシア人にとって、ウクライナやウクライナとの関係は、痛みを伴うテーマです。50%はロシア人で50%はウクライナ人である貴方も、自著「クレムリン以後」の跋文で、今この国で起こっているすべてのことを深い痛みと共に受け止めている、と述べていますが、ウクライナ危機打開の途としてどのようなものが考えられ、最近の出来事に照らしてロシアとウクライナや欧米との関係はこの先どのように推移するでしょう? 

 ほどなく、すべてが多少とも明らかになるでしょう。必要なのは、9月5日と19日のミンスク議定書に盛り込まれたすべてのことを完全に履行することです。今のところ、状況は非常に流動的で、停戦違反が繰り返されていますが、ここ数日「プロセスが始まった」との印象が生じています。軍隊を引き離すゾーンが設けられ、大型の兵器が撤収され、ロシア人を含むOSCE(欧州安全保障協力機構)の監視員がやってきており、すべてこれを定着させることができれば、大きな成果となりましょう。と言っても、第一歩にすぎませんが…。

 ロシアとウクライナの関係に計り知れない損失がもたらされたことは確かですが、民族相互の離反を招く事態は避けなくてはならず、ここにプーチンとポロシェンコの両大統領の大きな責任があります。両氏は、見本を示すべきであり、激情を抑えなくてはなりません。どちらが正しくてどちらが悪いかは、後で判断することであり、今大事なのは、具体的な問題に関する対話を軌道に乗せ、ステータスなどの問題は後回しにして、最も被害が深刻な地区の生活を正常に戻すことです。この面では、ウクライナもロシアも西側も、個別にあるいは一緒に協力することができるでしょう。 

 ウクライナ国民は、国内の和解を達成するために、そして、一人一人が自らを権利と利益がしっかり保証された市民と感じるために、とても多くのことを為さねばなりません。問題なのは、憲法や法律に基づく保証というよりも現実の日々の生活なのです。ですから、私は、選挙とは別にすべての地域やすべての市民層の代表があらゆる問題を取り上げて話し合うことのできる「円卓会議」の活動をできるだけ速やかに開始するよう提言したいです。

 ロシアと西欧および米国との関係について申しますと、最初に為すべきなのは、相互の非難と制裁の論理を脱することです。私が思うに、ロシアは、最近の西側の制裁への対抗措置をとらず、すでにそうした措置に踏み切りました。ボールは、パートナーの側にあるわけですが、彼らは、まず第一にいわゆるパーソナルな制裁を放棄すべきでしょう。決定権をもち政治に影響をおよぼす人々を「罰」しては、対話のしようがありませんから。相手と会話をするということが必要であり、これは、まったくもって徒に忘れられてしまった自明の理です。

 対話が再開されれば接点が生じる、と私は思います。周知のとおり、世界は、ひじょうに緊張しており、協力によってしか解決できない数々の問題や共通の挑戦に直面しています。ロシアとEUの間の断絶は、すべての者に害をおよぼし、それは、グローバルな競争が激化して他の世界政治の「引力の中心」が力を増すときに欧州を弱体化させるでしょう。

 気を抜いてはならず、新たな冷戦へ巻き込まれてはなりません。われわれの安全保障の共通の脅威は、消えませんでした。最近、たとえば「イスラム国」といった新しい極めて過激な運動が出現し、環境、貧困、移民、伝染病といった問題が深刻化しており、共通の挑戦を前に、私たちは、ふたたび共通の理解に達することができるでしょう。これは容易ではありませんが、他に途はありません。

 

―ウクライナは、ロシアとの国境に壁を築くつもりですが、これまでいつも仲良くしておりかつては同じ国家の一員であった両民族がとつぜん争いを始めて今や政治の壁のみならず本物の壁によって隔てられようとしているのは、いったいなぜなのでしょう? 

 その答えは簡単です。私は、あらゆる壁に反対です。そうした「建設」を計画している人たちは、よく考えるべきでしょう。両民族は喧嘩別れをしないと私は思います。私たちは、すべての関係においてあまりにも近しく、私たちの間には、克服できない問題や相違はありません。けれども、多くは、インテリ層やメディアにかかってきます。もしも彼らが反目を煽って諍いや争いに火を点け油を注ぐならば、悲惨なことになりましょう。そんな例はいくらでもあります。ですから、私は、とくにインテリ層にはしっかりしてほしいのです。