ロシアのジャーナリスト2名が死亡

イーゴリ・コルネリューク氏=タス通信

イーゴリ・コルネリューク氏=タス通信

火曜日17日、ルハーンシク(ルガンスク)で国営テレビ局「ロシア24」の撮影班が迫撃砲による攻撃を受け、特派員のイーゴリ・コルネリュークさんが救急蘇生室で死亡し、音声技師のアントン・ヴォローシンさんも、当初行方不明と伝えられたが、死亡が判明した。「ロシア24」の公式サイトが17日夜遅く伝えた。

 「ロシア24」の女性キャスターは、「これは弊局にとっての悲劇、イーゴリ・コルネリュークは私たちの同僚であり、その家族はモスクワに遺された」と生放送で伝えた。

 音声技師のアントン・ヴォローシンさんも、当初行方不明と伝えられたが、死亡が判明した。「ロシア24」の公式サイトが17日夜遅く伝えた。

 撮影班の技師であるヴィクトル・デニソフさんは無事だった。

 

「射程外にいたのに…」 

 デニソフさんが「ライフニュース」へのインタビューで語ったところでは、撮影班は、避難民らが移住している際にメタリスト町に到着し、「民兵の一人が避難民たちに安全なルートを示そうと腕を挙げた瞬間、彼のすぐそばで迫撃砲弾が炸裂した」。デニソフさんは、自分は道路の反対側にいた同僚たちのもとではなく、負傷した民兵と避難民たちのもとへ向かって、彼らが迫撃砲を逃れる手助けをしようとした。

 デニソフさんによれば、彼らは道路沿いの植木に身を隠すようにして一キロメートルほど進んだが、「道路ではひっきりなしに迫撃砲弾が炸裂し、破片が100~150メートルほど離れた自分たちのところまで飛んできて、民兵たちが避難民たちを助けて彼らを車に乗せてルハーンシクの中心部へ運んでいった。同僚たちは射程外にいたが、なぜか砲弾の一つが飛んできた」

 

コルネリュークさんは病院に搬送されて35分後に死亡 

 コルネリュークさんは、ウクライナのザポロジエの出身で、37歳だった。1998年に同テレビ局のチームの一員となり、2005年に報道番組制作局の副局長となり、2013年10月にVGTRK(「全ロシア国営テレビラジオ放送会社」の略称、テレビ局「ロシア24」は同メディアホールディング傘下にある)のムルマンスク支局長となった。

 コルネリュークさんの死亡については、搬送先のルハーンシクの病院の医師らが先に伝えており、セルゲイ・バベンコ副医長は、「イーゴリ・コルネリュークという名前の身分証明書を携帯した男性が、搬送されてから35分後に死亡した」とインターファクス通信に語った。

 

ウクライナで相次ぐジャーナリストの死亡 

 ウクライナ情勢を取材するジャーナリストが死亡したケースは、今回が初めてではなく、5月25日には、スラヴャンスク市の南部で、イタリア人カメラマンのアンドレア・ロッケリさん(30歳)とその通訳のアンドレイ・ミローノフさんが迫撃砲によって死亡し、フランス人フォトジャーナリストのウィリアム・ログレンさんが破片による傷を負った。その場に居合わせた運転手は、死亡した二人の最期についてこう語った。

 「自動小銃による銃撃が始まったので、びっくりして窪地へ跳び込みました。私が彼らに手を振ると、彼らもそこへ跳び込んでじっとしていました。すると迫撃砲による砲撃が始まり、しばらくは両脇に着弾していましたが、やがて私たちのいる窪地に命中しました。通訳はすぐにぴくりともしなくなり、ジャーナリストも私のほうへ這ってきて身を横たえたもののそのまま動かなくなりました」