「恩も借りもない」

ロイター通信
 妥協点を見出すためにどのような土台を築く必要があるのかについて、ニコライ・ムラシキン氏が解説する。

 長い間期待されていたプーチン大統領の訪日のニュースがセンセーショナルな見出しで飾られることはなかったが、長期的な駆け引きがまだ続きそうであることを示唆した。

 ロシアのプーチン大統領が2日の日程で日本に到着した後、同大統領と安倍晋三首相は、「2プラス2」形式の外務・防衛担当閣僚会合を再開することに同意し、相次いで二国間合意文書に署名し、ビジネスが68件にもおよぶ取引契約を締結するのを支援し、領土問題では共同経済活動の可能性を模索することで合意した。 

 しかし3時間にも及ぶ会談の結果、領土問題自体については「画期的」どころか明白な合意さえもが成立することはなく、両国の楽観論者と悲観論者のいずれも、期待外れのままの状態だ。このことから、両当事者が、この微妙な問題で速いペースで手早い成果を上げるのではなく、依然として、遅くても段階的な取り組みを好ましいと感じているといえよう。 

 

態度は硬化しているのか、それとも軟化しているのか

 長門の首脳会談に向けてさまざまなメディアの活発な報道が繰り広げられる中、ある点に誰も気づかなかったようだ。2016年11月30日に、プーチン大統領は、国際情勢におけるロシアの行動に関するロシアの根本方針を規定した政策文書である、ロシアの外交政策の改訂版に調印したのである。 

 本政策の2013年版によれば、ロシアは未解決問題の解決方法として、相互に利益をもたらす形で対話による解決を目指す方針を継続させていくことになっていたが、2016年版の本文書では、「未解決問題」に関する文言は一切含まれていなかった。その代わりに、アジア太平洋地域における安全保障と安定に関する記述が追加された。さらに、訪日直前に日本人記者から受けたインタビューで、プーチン大統領は、領土「問題」として問題視しているのは日本であり、ロシアではないという見解を述べた。

 この変化をどう解釈するかは微妙なところだが、安倍・プーチン会談を理解する上では参考になる。表面上は、領土問題におけるロシアの立場の確実な硬化を察知し、論調や文体上の変化を部分的にゴルバチョフ以前のソ連の立場に類似していると解釈してもおかしくはない。 

 例えば、日本や海外のメディアは、3時間にもおよぶ山口県へのプーチン大統領到着の遅れを取り上げ、これは同大統領が自分のタフさを見せつけているのだとほのめかした。岸田外相は遅延の理由は外交的な策略であるという解釈を一笑に付した。 

 同時に、常連のロシアウォッチャーや日本の政策策定者なら常識的なことだが、このような遅れがロシア国内か国外かを問わずに日常茶飯事であることは、彼らは十分に承知していただろう。それが日本の軽視によるものではなく、全体的な会談の時間を短縮させて、意思決定を迫られる可能性を回避するという思惑はあったかもしれない。それも間違っているとしたら、到着の遅れには、実際に隠された思惑がなかったのかもしれない。

 さらに、ロシア大統領の「タフ・ガイ」的なイメージをメディアが囃し立てすぎると、同大統領が何事にも「ミスターNo」として対処しているという誤解を植えつけてしまいかねない。今回の同大統領の立場は、戦略的環境をより有利な方向に調整するという「ミスター様子見」に近いと言える。というのも、大きな妥協をすべきロシア側の理由が過去1年間に弱まったため、首脳会談前の立場の硬化は、より広範な交渉プロセスの一環であったとみなすことができるからだ。

 

制裁強化も領土引き渡しも棚上げか?

 ドナルド・トランプ氏が次期米国大統領に選出されると、メディアでは米露関係の緩和の可能性が活発に論じられた。ロシアに親しいとされるレックス・ティラーソンが国務大臣に指名されるといった最近の出来事により、その期待の説得力は高まったが、トランプ氏が大統領に就任して実際の政策を策定するまでは、そのような前向きな見解はあくまで憶測に過ぎない。一部の報道は、フランスのフランソワ・フィヨン元首相による2017年大統領選挙の予備選挙勝利にも言及している。

 全体的に考えると、これらの動向は、ロシアの西側諸国との緊迫した関係の緩和という著しい変化の可能性を示唆するものだが、日本にとっては、機会の逸失とそれに関連する交渉上の優位の喪失を意味している。

 さらに、日本国内でもムードが微妙に変化している可能性がある。毎日新聞が11月に行った世論調査によると、妥協を拒んで四島すべての返還を要求するという強硬な少数派が回答者の25%を占めたのに対し、57%は領土問題の柔軟な解決を支持した。 

 それとは逆に、日本の多数のメディアは、ロシアの世論は領土問題における妥協に断固反対の立場で、ロシアでは2018年に大統領選が控えているため、これはとりわけ微妙な問題であると報じた。予備的な交渉手段と位置付けていたかどうかは別としても、日本政府は「北方領土」に日米安保条約が適用される可能性を公式には否定しなかったため、領土が日本に引き渡された場合にそこに米軍基地が設置される可能性について、モスクワが抱く不安を払拭するに至らなかった。これはトランプ氏が大統領に就任しても緩和される可能性は低い。

 すべてを考慮すると、上述した条件がクレムリンによる「迅速な問題解決」につながる可能性はほとんどない。しかし、だからといってこれが更なる進步を阻む膠着状態を意味するとみなす必要はない。プーチン大統領は、様々な課題の中でも平和条約を締結することが最優先事項であることを何度も強調しており、サハリン (樺太) と北海道の住民に対する往来の簡易化を提案した。 

 一方で、安倍首相はまたしても前例を踏襲せず、クリル諸島での将来的な共同経済活動について協議することにも合意したが、これは過去の日本の指導者たちが信念上の理由で回避したことだった。 

 おそらく最も重要なことは、二国間の通商と投資協力の促進だろう。このサミットでは驚くべき数の取引合意が調印されたが、過去2年間に貿易取引量は減少している。また、日本による制裁は見かけ上だけのものとはいえ、依然として解除されていない。日本はアジアにおける対ロシアの最大投資国であるが、その投資の大部分はサハリンの炭化水素プロジェクトに対するものだ。 

 しかし、様々な業種を通して実用的な協力関係を促進することで、政治的正常化を可能にする基盤の強化に関心を持つ関係者の数と影響力を高めることができる。長門と東京で、日露の政治的関係は2014年前のレベルまで正常化されたが、経済的関係や実用的な協力を実現するには、より良好な政治的対話へと徐々につながり前向きに影響する「新たな正常化」が必要とされているのである。何と言っても専門家はよくロシアと日本の経済の相補性を指摘しており、グローバルな価値連鎖の恩恵を受けたい国は、島として孤立してはいられないのだ。

 

*著者ニコライ・ムラシキン氏は、英国ケンブリッジ大学セント・キャサリンズ・カレッジとアジア・中東学研究所に所属する博士課程の大学院生。彼は日本、カザフスタン、ウズベキスタンおよびアゼルバイジャンの研究者が参加するプロジェクトに積極的に参画している。