カフカス問題の変化

コンスタンチン・マレル

コンスタンチン・マレル

ロシア現代史でもっとも恐ろしく悲劇的な事件が起こった日から10年。ロシア連邦北オセチア共和国のベスランの学校が占拠され、1100人が人質にとられた。解放のための特殊作戦の際、子どもを中心とした334人が死亡した。現在このような規模のテロは、起こらないように思える。ロシアにテロの脅威がないからというわけではなく、明らかな脅威から潜在的な脅威へと変化しているからだ。

ソチ五輪前夜にヴォルゴグラードで連続爆破テロ 

 半年前、北カフカスの情勢は、ロシアおよび旧ソ連諸国における主要な問題だった。ソチ冬季オリンピックの開催を控えていた時期、カフカスをテーマとした会議が次々に行われていた。過激なイスラム教徒の地下組織の指導者が、オリンピックを妨害すること、大規模なテロ攻撃を行うことを宣言し、緊張感を高めた。2014年が訪れようとしていた時、ヴォルゴグラードで相次いで爆破テロが発生し、世界を震撼させた。 

 だがソチ冬季オリンピック自体は、安全面で完璧であった。対立している側も、北カフカスの安全確保のために協力すべきとの意見で一致し、それが開催準備によくあらわれていた。ロシアに協力する用意を見せたのはアメリカ、イギリスだけでなく、2012年の時点でサアカシュヴィリ大統領(当時)が北カフカスを混乱に利用しようとしていたグルジアもそうであった。

 テロ組織「カフカス首長国」の指導者ドク・ウマロフ氏の死亡が今年4月、正式に発表され、その後ウクライナ情勢の悪化、クリミアの編入、ウクライナ東部の軍事衝突などにより、北カフカスにはあまり注目が集まらなくなった。

 

カフカス問題は解決したのか 

 ただし、それは北カフカス問題が収まったことを意味しない。15年前の19998月、シャミル・バサエフとアミル・ハッタブの武装組織が、ダゲスタン共和国に侵攻。ロシアにとって戦略的に重要な、北カフカス最大の共和国を自分たちの支配下に置こうとした。

 199989日に首相に就任し、ボリス・エリツィン大統領の後継者とされたウラジーミル・プーチン氏は、武装組織に対して厳格かつ非妥協的立場をとり、すぐに存在感を示した。プーチン氏は最初の大統領選の前にこう話している。「私の任務、私の歴史的任務は、感情的な発言に聞こえるだろうが、北カフカス問題を解決すること」。15年経過した今、北カフカスの鎮静化について話すことができるのだろうか。それともこれまでと変わらず、ユーラシアで特別な役割を担おうとするロシアのアキレス腱なのだろうか。

 この疑問に対する答えは一つではない。まず、1990年代にこの地域の主な撹乱者だったチェチェン共和国の情勢は、大きく変化している。分離独立主義が高まり、事実上国家となった旧ソ連の地域の中でも、特別な現象を生んでいる共和国だ。ラムザン・カディロフ首長率いるチェチェン共和国は、今やウラジーミル・プーチン大統領にとって、重要なシンボルである。カディロフ首長はまず、政治的安定をもたらした。分離独立派は物理的に排除され、他の国に移民したか、あるいは政府組織に加わっている。カディロフ首長は自分自身を、クレムリンに忠実な指導者、また「プーチンの歩兵」(本人がこう言っている)というだけでなく、ロシアの外交利益の保護者と位置付けている。グルジア、ウクライナ、中東の問題に関する声明に、カディロフ首長は何度もそれを込めている。ロシアの「プロフィリ」誌のウラジーミル・ルダコフ副編集長は、「ラムザン・カディロフ首長のチェチェンはスイスではない。だが理想と比較するより、実際にあったことと比較すべき。政治は可能なことの芸術なのだから」と話す。

 

「チェチェン化」の裏面

 かといって、これらの評価で状況を理想化、単純化させてはならない。チェチェン共和国の鎮静化は、共和国の政府に多大なる権限を与え、政権のエリートに特別なステータスを与えたことによって可能となった。武装集団排除によって、隣国のダゲスタン共和国、イングーシ共和国、カバルダ・バルカル共和国には人が流れた。

 チェチェンの民族・分離独立主義的プロジェクトの失敗は、過激的形態を含む、政治化イスラムの人気を高めた。北カフカスのジハーディストのプログラムや声明における非宗教的な分離独立主義は、「信仰心」を守るアイデアや中東、北アフリカ、アフガニスタンの兄弟との連携にほぼ完全に置き換わっている。

 北カフカスでの武力攻撃の昨年の被害者の数は、2012年と比べて19.5%減、239人少なくなっている。ダゲスタン侵攻から15年で、多くの成果が出ている。シャミル・バサエフ、ドク・ウマロフ、サイド・ブリャツキーなどの過激派の象徴的な指導者は死亡した。

 しかしながら、テロの脅威を最小化するには、まだまだ少ないと言える。あらゆる宗教的なアイデアは、他の宗教的なアイデアによってブロックされる可能性がある。この点で過激主義に代わるものが必要だ。それは非宗教的な価値観、また柔和な宗教復活に向けられた、ソフトパワー関連の幅広いプログラムやプロジェクト。

 個別の地域の情勢を、ロシア全体との関連性を無視して、民族的な特性と見なすことも正しくない。残念ながら、多くの世論調査の結果は、個別の地域とロシアの間に「カフカスの壁」が存在していることを示している。北カフカスによる多くの重要なプロセス(国家を統一することが可能と考えられる、軍への招集など)への参加率低減、カフカスの共和国の管理個別化の奨励、この地域で起こる問題への理解の浅さなどもそうだ。これらの問題を乗り越えることなしに、多民族国家の真の実現や、北カフカスの完全な地方化は無理である。

 

セルゲイ・マルケドノフ、ロシア国立人文大学外国地域学・外交政策講座助教授