西側の覇権なき世界

ウクライナ情勢はロシア政治史の区切りとなった。

コンスタンチン・マレル

 ウクライナ情勢はロシア政治史の区切りとなった。ソ連時代末期の1980年代末からほぼ四半世紀続いた行動モデルを、ロシア政府は事実上放棄した。いかなる隔たりもない世界とヨーロッパを夢見始めた時から、西側諸国との良好な関係を保つことは最重要目標となり続け、欧米の希望に明らかに反する行動をとった時でも、関係の傷が最小限になるように、かけひきの余地を残していた。西側重視の方針は、ロシアの安全、発展、幸福の担保と見なされていた。

 

世界の多様化、多極化を背景に 

 ロシア政府は今年、これまでとは異なる行動を取った。西側諸国からの要請、呼びかけ、警告、脅しをすべて無視し、クリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市をロシア連邦に編入。ロシアは利益を理解し、それを守るために最後まで突き進むことはないと考えていた欧米は、即座に反応し、ロシアの考え方の根拠や立場の妥当性を一切加味することなく、制裁に向けて動き始めた。

 ロシアが得た主な教訓は、世界が西側に限定されているわけではないということである。世界は多種多様化し、一極集中や一国による支配が不可能になった。それぞれに特別な対応を必要としている、影響力のある新たな国が多数出現したため、欧米との関係が常に最優先となる世界のシステムを採用することは困難になった。数百年もの間、西方ばかりを見つめてきたロシアにとって、これは重大な転換点である。

 アジアへの転向は、これまでも多く語られてきた。ウラジーミル・プーチン大統領は最近、これを21世紀のロシアの最優先事項と呼んだ。西側諸国がロシアに対する経済的、政治的圧力を加え始め、冷戦のごとく制限をかけようとすれば(投資、技術、金融市場、融資資金の利用可能性、接触の寸断、市場の閉鎖、支払いシステムのブロックなど)、ロシアにとって「西側なしの世界」は客観的現実になる可能性がある。そしてアジアへの転向が非西側化の転換点になり、幅広い活動に変わるのだ。西側は金融的、技術的にもはやモノポリーではなくなっている一方で、「第三世界」市場は果てしなく広い。

 

ロシアの大転換 

 他の経済的中心に向きを変えることは、大変動である。

 第一に、本音を言えば、比較的最近まで世界で政治的に周縁または、主体というよりは客体と考えられてきた国々と対等な関係になり、完全な相互活動を行うことに、ロシアは慣れていないため。ソ連はパトロンであったし、アジア、アフリカ、中南米の国々への影響をめぐり、アメリカと対抗していた。ソ連崩壊後しばらくは各国との関係が途絶えていたが、その後復活させようと努力した。

 第二に、アメリカは依然として、そのような国々に対する立場を変えておらず、ロシアとは組むな、と積極的に「アドバイスする」ことが明らかであるため。25~30年前と比べて状況は変化しているから、「禁止する」ことは難しいが、だからといって西側を甘く見ていいとは限らない。

 第三に、中国は現状において自然なオプションとなるが、別の側面を無視できないため。ロシアは経済的に、中国にかなり譲歩しており、政治的にもどんどん密接になっている。中国政府は積極的にロシア政府を支持しようとしているし、金融・経済的支援を行おうとしているが、これにはロシアの中国への依存度が高まるという代償がついてくる。両国の利益はいつでも一致しているわけではないが、ロシアは決定を行う際に、中国の意見をより重視しなければいけなくなる。

 ロシアは自国の新しい立場を均衡化するために、西側諸国以外の多様な国との関係を発展させなければいけないのだから、なおさらだ。世界中の多くの人が、西側の支配に偏っていることに飽き飽きしている。ロシアはクリミア編入の公式な承認を得られないだろう。国境の問題は多くの国にとって、あまりにもデリケートだからだ。だが、ロシア包囲はうまくいかないとの確信を持っていい。新興・発展途上国はぴったりと足並みをそろえるどころか、自国の立場を強化するために、不和を利用しようとさえしている。

 

たかが西側されど西側 

 西側諸国が世界で最強かつ最も影響力の強いことに変わりはなく、代わりが現れない可能性も高い。科学、技術、教育分野では特にそうだし、ヨーロッパの文化的魅力も、ロシアや世界は否定できない。ロシアは、西側と衝突したり、西側から隔絶したりするつもりもない。協力というものは、いかなる条件下でも成立するわけではないという、単純な話にすぎないのだ。

 21世紀の世界では、非西側との確固たる関係なしに成功はあり得ない。したがって経済制裁が行われたら、むしろそれに感謝すべきであろう。転向の機は、ずっと前から熟していたのだから。偏狭な西側的見方をロシアが否定することは、世界にとって完全な多極性の発生を意味する。誰も無視できない多極化である。