イランとの関係安定化はいかに

=ナタリア・ミハイレンコ

=ナタリア・ミハイレンコ

イランで6月14日、大統領選挙が行われた。有権者の意気込みもあって、ロシアの多くの専門家の予測を裏切る形で、保守穏健派のハサン・ロウハニ師が大 統領選第1回投票で当選した。

イランと西側が一定の歩み寄り? 

 改革派のモハンマド・ハタミ前大統領と保守穏健派の重鎮アリ・アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ元大統領が、ロウハニ師を支持したことが追い風となり、国の内政と外交の大きな変化が期待された。恐らくこれは過度な期待であろうが、核開発計画などで、イランと西側諸国が一定の歩み寄りを見せる可能性はある。

 このためには例えば、EUが銀行分野や海運保険分野の経済制裁を緩和する代わりに、イランが濃縮度5~20%のウラン濃縮 をやめるだけで十分だ。

 ただしイランの核開発計画を直接的に管理しているのは、イスラム教シーア派の聖職者でイラン・イスラム共和国最高指導者のアリ・ハ メネイ師だ。イラン核危機を平和的に解決するための「P5プラス1」(国連安保理常任理事国5ヶ国+ドイツ)との協議では、イラン側の交渉団代表をハメネ イ師が決定する。

 

イランの内憂外患 

 ロウハニ師がすぐに結果を出せると考えるのは甘いだろう。ロウハニ師の大統領就任式は8月にようやく行われ、マジュレス(イラン国会)が承認する新内閣 の発足までにはさらに数ヶ月かかる。イランの新政府が本格的に動き始めるのは今年末になる。それも、マフムド・アフマディネジャド大統領の支持者が多い地 方自治体から、活動を妨げられなければの話だ。

 イランが西側や中東湾岸君主国との無駄な緊張を解くことは歓迎だが、イラン国内でこれを支持している人は大多数ではない。また周辺の情勢も危うい。イランはサウジアラビアやトルコと地域支配を争っているし、NATOがシリア内戦に軍事干渉しようとすれば、中東におけるイランの利益が脅かされる。

 

対外関係の不透明さ 

 そしてこれらはすべて、先行き不透明なロシアとイランの関係に直接影響する。ロシアはアフマディネジャド政権時代、イスラエルによるイランの核施設や軍事施設への空爆を防ぐことを中心に考え、西側との衝突に陥らないようにさまざまな手段を講じてきたが、新しいイラン政府がアメリカやその同盟国による厳し い経済制裁に歯止めをかけるために、今後どのような大胆な動きをとるのか、という疑問を持ち始めている。

 ロウハニ師の遊説を頼もしく受け止め、イラン人が 西側式民主主義を求めていると勝手に思い込み、ロウハニ師を改革者と見なしている一部の外国の専門家も、今後についての警戒感を強め始めている。

 実際にイラン側から出ているのは譲歩の話だけだ。西側では、経済制裁緩和を求めた譲歩だと受け止められている。イランのプライドからすれば、このような 考え方は受け入れにくいだろう。西側発動のイラン産原油禁輸措置が、中国、インド、日本、韓国、トルコの消極的参加によってすでに終わりを迎えている今、 イラン予算は他の収入源を得ていることもあり、譲歩は必ずしも現状のみを考慮に入れたものではない。

 

鍵は米国 

 ロシアとイランの関係が、両国のアメリカとの相互作用に強く依存していることは間違いない。アメリカとの対立が起こった際には、アメリカを地域レベルで 抑制するために、相互努力の調整が重要になってくる。逆にアメリカとの関係が改善されたら、3国間協力の可能性も生まれる。

 イランが西側と歩み寄り、ロシアがミサイル防衛問題で西側との妥協点を見いだせなかったら最悪だ。非核化どころか、普通の軍縮についての交渉も不可能になってしまう。そうなった暁に は、ロシアとイランの関係が単純ではないことから、両国の間に緊張が生まれてしまう。

 

一筋縄でないイランとロシアの関係 

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最大限の自制を

 両国の関係の難しさとは、1990年代半ばの「ゴア・チェルノムィル ジン」委員会による反イラン措置だけでなく、その後の一連の問題によって生まれたものだ。

 イランは特に、ロシアが長距離地対空ミサイル・システムS- 300を供給しなかったこと、そしてブーシェフル原子力発電所の建設をわざと遅らせたこと(イランはそうとらえている)に対して強い反感を持っている。

 イランの現政権もロシアに多くの問題をつくった。例えば核分野で約束した義務を果たしていないことなどだ。これによって、両国が相互に警戒する協力関係が生 まれてしまった。

 現時点では、短期的な見通しであっても、ロシアとイランの関係の発展規模を予測することは難しい。イランの大統領選の結果のみならず、貿易・経済関係の弱さ、アフガニスタン、シリア、その他の国における国益の相違、核兵器製造の前提条件になりかねないイランによる閉鎖系核燃料サイクル創設への動き、歴史的要因、文化的要因などによって、両国関係が変わってくることは明らかだ。