ロシア革命直前の王宮の珍しい写真

 1915年10月から1917年11月までの間、冬宮殿内には病院が設置された。/ 来客用寝室、銀の間。

 1915年10月から1917年11月までの間、冬宮殿内には病院が設置された。/ 来客用寝室、銀の間。

カール・クベシュ
 これらの珍しい写真は、写真家のカール・クベシュにより、皇帝ニコライ2世の王宮だった冬宮殿で撮影されたものだ。
 18〜20世紀の間ロシア皇帝家の公邸だった冬宮殿。サンクトペテルブルクの中心部に位置し、かつて皇帝家が住んでいたこの宮殿は、現在エルミタージュ国立美術館の建物の一部を構成している。/ ビリヤード室。
 ニコライ皇帝は1917年に退位したが、同年中に一族と共に拘束された。ロマノフ王朝最後のロシア皇帝であるニコライ2世は、1918年7月16日夜から17日の未明にかけて、ボリシェヴィキの手により妻アレクサンドラ、娘のマリア、オリガ、タチアナ、アナスタシア、そして息子のアレクセイとともにエカテリンブルクで処刑された。1917年は大きな変遷の年だった。とりわけ重要な出来事は、同年に勃発したボルシェビキ革命だ。カール・クベシュが撮影したこれらの写真は、冬宮殿がボリシェビキにより占拠され、寝室や大部屋が徹底的に略奪され、新政府により別用途で使用するために改修される前の最後の姿をとらえている。/ 皇帝アレクサンドル2世のキャビネット。
 現在の建物は、イタリア人建築家バルトロメオ・ラストレッリにより、女帝エリザヴェータ・ペトロヴナ時代のバロック様式で1754年から1762にかけて建設されたものだ。/ 皇帝のキャビネット。
 ニコライ2世は1904年に、皇帝一家の定住場所をサンクトペテルブルクから25キロほど離れたプーシキン市の近くに位置するツァールスコエ・セローのアレクサンドロフスキー宮殿に移した。/ 皇帝ニコライ2世の寝室。
 この用語は、エリザヴェータ (1741〜1761年) の治世を代表するロシアのバロック風建築様式を表したもので、フランスのロココ様式の要素を含んでいる。/ マリア・アレクサンドロヴナ皇后の私室。
 冬宮殿は、竣工した1762年から1904年までの期間にわたり、ロシア皇帝の冬季の公邸として用いられた。/ 皇帝ニコライ2世のキャビネット。
 その後の1918年10月に臨時政府が失脚し、ソビエト連邦時代の幕開けとなった。/ 皇帝ニコライ2世のキャビネット。
 1920年1月、国立革命美術館が冬宮殿で開館した。この美術館は、1941年まで国立エルミタージュ美術館と建物を共有していた。現在、冬宮殿とエルミタージュ美術館は、世界各地からの観光客の間で最人気の観光スポットとなっている。/ アレクサンドラ・フョードロヴナ皇后の寝室。
 また、1917年6月から11月までの間、この宮殿は、1917年の2月の布告によりニコライ2世を退位に追い込んだ臨時政府の拠点となっていた。/ アラプスキー大広間。
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