踏まれた落ち葉とペンキがこぼれた歩道の美しさ

ミハイル・シェミャーキンはウラジーミル・プーチンとの関係をこう語る。「彼は私の「くるみ割り人形」に驚愕していた。彼がモスクワでこのバレエを見た時、「ヴァレリー・ゲルギエフ(マリインスキー劇場芸術監督)に必ず電話をして、ブッシュ大統領がサンクトペテルブルクに2003年5月25日に訪れると伝えてくれ。」と言っていた。」

ミハイル・シェミャーキンはウラジーミル・プーチンとの関係をこう語る。「彼は私の「くるみ割り人形」に驚愕していた。彼がモスクワでこのバレエを見た時、「ヴァレリー・ゲルギエフ(マリインスキー劇場芸術監督)に必ず電話をして、ブッシュ大統領がサンクトペテルブルクに2003年5月25日に訪れると伝えてくれ。」と言っていた。」

The Mimi Ferzt Gallery
ニューヨークのミミ・フェルツト・ギャラリーは「パリの歩道」と名付けられたミハイル・シェミャーキンの展示会を開催した。ロシアのサンクトペテルブルクでは、「ぼやけたイメージ」と「水滴で見た世界」という展示会が二つ同時に開催されている。
珍しいテクニック、全てのものに物語を見出せる能力と芸術的形式がミハイル・シェミャーキンの新しい作品の成功を裏付ける。
展示はシェミャーキンが12年に渡って撮ったスナップ写真からなる。この12年間彼はパリの街を彷徨い、道に捨てられた紙切れ、踏まれた落ち葉、タバコの吸い殻、ペンキのシミ、ヒビ、樹木の皮やビルの壁のシミを写真に収めた。
彼は撮った写真の中に幻想的なイメージ、テーマやグロテスクな顔を見つけ出し、出来上がったマット写真にパステルとインクで描き加えた。芸術家自身によると、このプロジェクトのアイディアは彼が30年前ニューヨークに住んでいた頃に思いついたものである。
ニューヨークの街で、ミハイル・シェミャーキン、エルンスト・ネイズヴェスヌイとレフ・ズバルスキーは、フィルムカメラでペンキが剥げかかったパイプ、壁やペンキがこぼれた歩道の写真を撮り始めた。永住先のフランスで、シェミャーキンはこの経験を思い出した。
1943年生まれのミハイル・シェミャーキンはソ連非公式派の芸術家である。ソ連時代、彼の展示会は閉鎖され、作品は没収され、シェミャーキン自身は精神病院に強制入院させられた。
後に彼はソ連から追放された。フランスとアメリカに住み、サンフランシスコ大学から名誉博士号を授与された。
シェミャーキンの作品は世界中で展示されており、演劇、バレエとオペラの芸術監督としても活躍している。彼の作品はアメリカやフランスなどの国で美術館や個人コレクターに買われている。
「それでヴァレリーがスケジュールを全部調整して、その日には「くるみ割り人形」の公演を入れた。終演後、ブッシュさんは子供の様にはしゃいでいた。」
「ウラジーミル・プーチンは私をブッシュさんに紹介してくれて、彼(ブッシュ)は背中を叩き続けて「素晴らしい人だ、素晴らしいショーだ。彼はあなた方(ロシア)の人間であり、我々(アメリカ)の人間でもある。これぞ真の友情だ。」と言っていた。」

ミハイルは今のロシアについてこう語る。「最近、参加者が信心深いスローガンを掲げて、政府にありとあらゆる物を禁止するように呼びかけるデモが多くなって不安を感じる。宗教的スローガンやプラカードを使って同性愛と戦っても意味がない。偉大な映画や、芸術を作る事こそ、正しい自己表現の道だ。」