この工場の電解槽の黒い沈殿物は、文字通り値千金だ。この沈殿物は、銅鉱石から銅を製錬する過程でできたものだ。この中には、金、銀、希少元素のセレンとテルルを含め、メンデレーエフの元素表のかなりの部分が含まれている。エカテリンブルク(モスクワから約1700キロメートル東)近郊にある企業「ウラルエレクトロメジ」は、スライム(沈殿物は専門用語でこう呼ばれる)を加工して貴重な成分を抽出する術を確立した。1997年から、ここでは金塊や銀塊を生産している。
ロシアで化学反応を利用してさまざまな合金から貴金属を得るようになったのは18世紀のことだ。初め精錬はモスクワおよびサンクトペテルブルクの造幣局によって独占的に行われていた。技術は絶えず進歩し、次第に工場へと引き継がれていった。現在ロシアでは10の企業が精錬を行っている。ウラルエレクトロメジ社のロシア市場におけるシェアは、金塊の生産については約3.5パーセント、銀塊の生産については25.2パーセントだ。年間10トン以上の金と、200トン以上の銀を生産していることになる。これはすべて銅の生産のついでに行われているのである。
黒いスライムからインゴットが得られるまでには、いくつかの段階がある。まずスライム用の管を伝って別の作業場に送らる。そこで濃硫酸に晒され、揮発成分を飛ばすために焼かれる。それから複雑な溶解の段階へと送られる。その結果、銀と金の合金(ドレ合金――「ドレ」(doré)はフランス語で「金色の、金メッキの」の意)が得られる。これを、化学反応を利用して分解する。金はわずかな不純物を含む沈殿物の中に溜まるため、そこから純金の粉を分離する。銀は溶液に残るため、純化して電解槽へ送り、純銀の結晶が陰極板に沈殿するのを待つ。
貴金属の小片のその後の運命は同じだ。溶かして鋳鉄製の鋳型に流し込むため、改鋳用の炉に送られる。炉の温度は金の改鋳の場合1100度、銀の改鋳の場合900度以上に達する。火傷や熱の影響から作業員を守るのは、専用の耐火作業着と手袋、ブーツだ。必要な量の金属を流し込むため、鋳型の内側にはチョークで印が付けられる。それから鋳型はグラファイトで加工される。こうすることで、金や銀が鋳型に貼り付かない。インゴットは、冷め始めるや否ややっとこで取り出して冷水で冷やし、乾いた水がしみにならないよう、布でよく拭う。全工程にかかる時間はわずか5分だ。まだ温かい、鋳造されたばかりのインゴットは、手で持つこともできる。
だが気を付けなければならない。見た目はコンパクトな金塊だが、重さは約12キログラムと、休暇用の中型のスーツケースほどある。銀塊は約30キログラムだ。このため、机から持ち上げるのは容易なことではない。持ち上がったとしても、こんな貴重品をどうにか落としてしまわないように、傷付けてしまわないように、という考えで頭がいっぱいになる。金塊は一つで50万ドル以上、銀塊は一つで1万5千ドル以上する。注文主に送り届けるには、ひっかき傷も、欠損もあってはならない。
鋳造されたインゴットは、工場では非常に慎重に扱われる。鋳造後は加工場に送られ、作業員一人ひとりによって輝きを放つまで磨かれる。研磨で出た屑は専用の鉛の掃除機で回収される。掃除機は月に一度委託を受けて開かれ、貴金属の屑は生産過程に戻される。再び溶かされ、全工程を経直すのだ。研磨後、インゴットは品質管理所に送られ、目方を量られ、注意深く検査される。「金と銀は構造的に多孔質チョコレートに似ています」と検査官のイリーナ・シヴェツォワさんは説明する。彼女は身を屈め、一ミリメートル単位でインゴットを検査している。「私は、表面の孔に汚れが詰まっていないかどうかを確認しているのです。」
次の段階は、刻印だ。これは男の仕事である。商標、素材表示、品位表示、製造年、シリアルナンバーといった必要な情報はすべて、型板とハンマーを使って刻み込まれるからだ。「もし失敗すれば、インゴットは加工場に戻され、もう一度研磨され、重さを量って再び刻印を入れられます」と作業場の精錬部門を取り仕切るタチアナ・エフィモワさんは話す。「失敗はほとんどありません。できるだけ失敗しないよう努めています。」 インゴットの検査が済むと、アルコールで指紋や煤、汚れを落とす。記録写真を撮り、丁寧にポリエチレンで包装され、同社が作った麻袋に入れられ、専用の容器に詰められる。インゴットはこうしてロシア国内の銀行に送られ、輸出に回される。
ウラルエレクトロメジが銅製錬の傍ら生産している貴金属の純度は99.99パーセントだ。2000年代初めには、ウラルの金と銀の質の高さがロンドン貴金属市場協会の専門家らに評価され、ウラルエレクトロメジの製品は「受渡適合品」のステータスを得た。同社は3年毎にこのステータスを更新している。この優良マークを有するのはロシアでは5社のみで、このためウラルエレクトロメジの工場では品質管理に細心の注意が払われている。現代の貴金属生産は錬金術からは程遠い。細部に至るまですべてチェックされているのだ。
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