ソチ13日目「言語学の奇跡」

ミハイル・モルダーソフ撮影

ミハイル・モルダーソフ撮影

どんな世界規模のイベントでもそうだけれど、ソチにも短所がある。だけど次第に短所になれてきて、それが避けられない現実の一部だと感じるようになる。外国人も同じように感じているのは驚きだ。

封印バスにも未完成のホテルにも慣れっこ 

 最初の数日間は、完成していない状態のホテル、無駄な保安検査をはぶくために封印される五輪ゾーン内のバス、その他のさまざまな驚きの施設のことを、皆が笑っていた。だけど今は誰もがこの状態に慣れ、驚きが驚きではなくなってきた。

 朝3時半に帰ろうとバス停に行って、バスが5分前に出発してしまい、次のバスが来るのは1時間後だとわかると、そこで同じように待っている外国人ジャー ナリストの集団と、不思議な一体感を感じる。もはや他人ではなく、運命共同体だ。五輪の関係者と、五輪とその欠点についてリポートするために来た人々。皆 が同じように疲れていて、早くベッドで寝たいって考えてる。そしてこの同じ目的が、皆を一致団結させる。待ち時間を楽しくするようなジョーク、交通ボラン ティアの本部へのバスの要求、手助け…ある写真家は、カメラの最大のズームレンズを取りだして、それを望遠鏡代わりに使い、バスの到来をいち早く皆に伝えようとしていた。こういう時、五輪の価値とは団結や友情だと言われている理由が理解できる。

 

ほとんどテレパシー 

 言語の障壁ってそれほど深刻な世界の問題じゃない。ロシア人はあまり英語が得意じゃないことで知られている。ソチ五輪に来た外国人は、怖い夜の体験話を こんな風に互いに語りあってる。「昨日クラスナヤ・ポリャナで迷子になっちゃった。ロシアの片田舎で、まわりに誰も英語を理解できる人がいない状況って想 像できる?」

 外国語があまりわからないロシアの関係者やボランティアには、独自の外国人対応法というものがある。外国の代表団やマスメディアの関係者に、はっきりと、ゆっくりと、大きな大きな声で、ジェスチャーつきでロシア語を話せば、相手が理解できるという、根拠のない自信をなぜか持っている。ノルウェー人かスウェーデン人に、「アフ・トーブス、ノー・メル、ジェー・シャチ(10番バスは)」と言いながら両手で10本の指を見せ、「ブー・ジェット(ここに来る)」と言いながら指で下の道路をさし、「チェー・レズ、ピャーチ、ミ・ヌート(5分後に)」と言いながら時計を指さして、次に5本の指を見せているロシア人などを普通に見かける。はたから見ると、ロシア人がケンカを売ってるようにしか見えないけど、この方法はなぜかうまくいく。だからとてもおかしい。これは言語学の奇跡以外のなにものでもない。