ロシアの女子スケーター量産機

エフゲニア・メドベージェワ=

エフゲニア・メドベージェワ=

ウラジーミル・ペスニャ撮影/ロシア通信
 フィギュアスケート女子シングルのロシア代表入りをめぐる争いが、かつてこれほどまでに激しかったことはなかった。ソチ五輪の金メダリストであるアデリナ・ソトニコワとユリヤ・リプニツカヤ、世界チャンピオンのエリザヴェータ・トゥクタムィシェワは、表彰台を他の選手にゆずっている。その多くはまだ15歳にも満たない。

 12月のフィギュアスケートのロシア選手権は、センセーショナルな結果をもたらした。ソトニコワも、リプニツカヤも、トゥクタムィシェワも、トップ3に入ることはできなかった。もっとも、3選手は今季、ISUグランプリ(GP)シリーズでも良い結果を示してはいなかったが。最前線に躍り出たのは、16歳のエフゲニア・メドベージェワ(ロシア選手権やGPファイナルで金メダル獲得)率いる、非常に若い選手団である。この集団には、若きエレーナ・ラジオノワとアンナ・ポゴリラヤも含まれている。勝利に向けて、さらに若い選手も突き進んでいる。14歳のポリーナ・ツルスカヤ、15歳のマリヤ・ソツコワと13歳のアリサ・フェディチキナはすでに、国内大会で上位に位置している。

 ロシアのフィギュアスケート女子シングルに新たな黄金世代が出現している理由を、ロシアNOWが探る。

伝統

 フィギュアスケートの女子シングルには、大昔から天才児がいた。五輪金メダルを3度手にしているノルウェーのソニア・ヘニーは、11歳で主要な国際大会に登場するようになった。1970年代はアネット・ペッチ、カタリナ・ヴィットという東ドイツの女子選手が輝いていた。ヨーロッパ選手権のデビューはペッチ13歳、ヴィット14歳。

 同様のプロジェクトはソ連にもあった。偉大なコーチ、スタニスラフ・ジュクは1976年1月、教え子の12歳のエレーナ・ヴォドレゾワをジュネーブのヨーロッパ選手権の氷上にあげた。おかしなお下げ髪のヴォドレゾワは大きな話題になった。ショート・プログラムで2-3コンビネーション・ジャンプを世界で初めて成功させたのである。当時は男子でも飛んでいなかった。

年齢制限は形だけ

 15歳の選手と、例えば22歳の選手を比較するのは正しくない。心理的に違うし、身体的な可能性も異なる。だがどちらの選手も同じ大会に出場する。年齢制限は現在、名目上存在するものの、多くの子どもが公然と大人の大会に出場している。最近でもリプニツカヤ、トゥクタムィシェワ、ソトニコワがそうであったように。この3人の選手は、少女の身体が大人に向かって独自の要求を始める時期に突入すると、大きな困難にぶつかるようになった。

 タチヤナ・ミシナ・コーチはこう話す。「選手の生理学を考慮に入れた年齢制限があるべき。幼い子どもの方が簡単に飛べるし、恐怖はない。ジュニアもずっと安定している。これは周知の事実。身体の年齢的な差は自然で、どうにも変えられない」

才能ある世代

 現在、ロシアの女子シングルの上位8人には、いかなる国際大会においても勝てる力がある。ここ2季半、シニア大会、ジュニア大会の両方で、金メダルを他の国の選手に渡したのは数回のみ。2013/14シーズンのGPファイナルと世界選手権、2015/16シーズン前半のGPシリーズの浅田真央、2014/15シーズンの本郷理華など。

 同様のパターンは1990年代後半にも見られた。ロシア代表にイリーナ・スルツカヤ、マリア・ブッテルスカヤ、エレーナ・ソコロワといった輝く星がそろっていた時代だ。現在とは異なり、年長(ブッテルスカヤ)と年少(スルツカヤ)の年齢差は3~4年などではなく、7年であった。

アイス・ショー番組

 ここ10年、ロシアではフィギュアスケート・ブームが続いている。その要因の一つが、数多くのアイス・ショー番組。中でも人気が高かったのが「氷上の星」。2006年にソルトレイクシティ冬季五輪アイスダンスの銀メダリスト、イリヤ・アベルブフが立ち上げた。この番組のおかげで、多くの親が自分の子どもにフィギュアスケートをさせるようになったのである。

さまざまなコーチ方法

 ロシアのベテラン・コーチはその営業秘密を周りにもらさない。そのため、新しいコーチは独自の方法を考案しなければいけない。新しい方法がそれまでの方法に劣っていないことは驚きである。ロシアの今日のトップ女子スケーターのほぼ全員が、異なるコーチによって「軌道上」に投入された。具体的にはアレクセイ・ミシン、エテリ・トゥトベリゼ、アンナ・ツァリョワ、インナ・ゴンチャレンコ、タチヤナ・オジノコワなど。コーチ・リストはさらに続く。