「プーチンは約束果たした」

エフゲニー・ビヤトフ撮影/ロシア通信

エフゲニー・ビヤトフ撮影/ロシア通信

フィギュアスケート男子シングルのエフゲニー・プルシェンコは、2014年ソチ冬季五輪後、競技生活を小休止している。今後についてははっきりしていない。本人の気持ちは五分五分である。現在は商業プロジェクトで忙しく、競技生活に戻ろうとは考えていない。

-バルセロナで行われたグランプリファイナルを視聴したことと思いますが、何が印象に残りましたか。

 シングルのフリー・プログラムは見ませんでした。見たのはショート・プログラムです。

 まず言及したいのは羽生結弦選手ですね。自分が羽生選手に好感を持っていることは隠しません。ファンですし、彼の後ろにフィギュアスケートの未来があると思っています。

 ロシアの選手についてですが、ようやく安定し、世界の上位3位以内に浮上したセルゲイ・ヴォロノフ選手の成功を嬉しく思います。偉大なるエテリ・トゥトベリゼ・コーチのもとに移ったことは、間違いなくプラスに働きました。トゥトベリゼ・コーチは敏腕を発揮し、セルゲイを見事に指導しました。

 パトリック・チャン選手、高橋大輔選手など、男子シングルの多くのトップ選手が今シーズンを見送っています。

 

-ソチ五輪に出場し、話題の人物の1人となりました。人気選手の1人として、五輪をどう評価しますか。

 ホテル、スケートリンク、物流、インフラなどのすべての面で、最高の五輪でした。山間部に行くことはできませんでしたが。アイスホッケーの2会場とスケートリンクについては、基本的には非の打ちどころがないでしょう。開会式と閉会式も感動的でした。

 グアテマラでソチ五輪のプレゼンテーションをした時、私たちはどれほど緊張したことか。そしてソチが選ばれて、皆大喜びでした。ところが、「えーソチかよ。あんなとこ何にもないし、何もできない。盗みばっかり」などと水を差されました。

 ウラジーミル・プーチン大統領は最終的に、約束を果たしました。後の大きな遺産となるような、とてつもない贈り物をロシアにしたんです。

 

-フィギュアの選手は今年から、歌詞入りの曲をプログラムに使用できるようになりました。どのような歌で滑りたいと思いますか。

 正直言うと、今は競技でお腹いっぱいなんです。バルセロナのグランプリファイナルの様子を見ましたが、あの雰囲気に溶け込む準備は今のところできていません。お腹を減らさないとです。

 多くは私自身の心身の感覚次第です。ケガの後、競技のために自分を整えなければいけません。今はスタートや大会について考える余裕すらないです。数年経過して、物足りない思いをすることが必要です。その後どうなるかですね。演出、振り付け、音楽、衣装と、「雪の王」のショーにも注力していますし。

 

-お腹が減らなかったらどうしますか。

 わかりません。そんなことはないと思います。無理だとしたら、それは健康の問題のみです。

 選手にとって35歳とは何かなんて考えることはありません。スポーツは心持ちで決まります。

 

-年齢は種目によって異なるとらえ方をされます。例えば、ボブスレーなら4045歳まで普通にできますが、そのような年齢で新体操をやっていたら、理解を得られません。

 それはつまらぬ考え方です。誰かがそんなことを言いだして、皆が真似して言ってるだけです。

 15歳で五輪の金メダリストになったタラ・リピンスキー選手を思い出してください。1998年長野冬季五輪の後引退し、ハリウッド女優になるためにスポーツ界から姿を消しました。もしかしたら、復帰したいと考えたものの、まわりに「もう無理だよ」と言われたのかもしれません。サラ・ヒューズ選手も同様です。オクサナ・バユル選手も、まだまだ滑ることができました。

 男子を例にあげると、昔は20歳で引退し、ショーに転向していました。私は何かを変え、他の人と違うことをしようとしました。トマシュ・ベルネル選手、ブライアン・ジュベール選手も、ずっと前に引退することもあり得ましたが、何度も氷上にあがり続けました。私もずっと前に選手生活を引退することも可能でしたが、毎回戻ってきました。3年競技せずに戻り、1年弱で2010年バンクーバー冬季五輪の準備をし、銀メダルをとりました。多くの人は、金メダルも取れていたと打ち明けてくれましたが。

 あの後、人の考え方が変わりはじめました。金姸児(キム・ヨナ)選手もそうです。バンクーバー五輪で優勝し、ソチで銀メダルを手にしました。なぜ金選手にそれが必要だったと思いますか。16歳の新体操の選手をお年寄りと呼ぶのは、とても馬鹿げています。それならチェスだって危険な種目ですよ。

 

-どこが危険なのですか。

 居眠りして、馬や女王の駒に頭をぶつけて死ぬ、と考えることも可能です。つまり、年齢についての偏見は、想像の産物にすぎないのです。

 

-居眠りすると言えば、モスクワの渋滞にひっかかった時ですね。時間がかかるでしょう(プルシェンコはインタビューに1時間遅れで到着)。

 ひどすぎますよ。サンクトペテルブルクからモスクワに来ると、特に違いを感じます。これは2つの違う街ではなく、2つの違う国です。

 

-少し思い出してほしいのですが、最後に地下鉄を利用したのはいつですか。

 しっかりと覚えてますよ。17年前です(微笑)。

 

-怖いですか。

 地下鉄でどこかへ行くなんて想像もできません。その気もないですし。

 最近モスクワに、私のファンである10人の日本人が来たんです。「雪の王」のショーを見に。モスクワを観光したがっていたので、私も長いこと見てませんでしたし、喜んで案内に応じたんです。赤の広場に行ったのですが、すぐに後悔しました。そこにいたロシア人や外国人が写真やサインを求めてきて、騒ぎが起こったんです。フード付きの上着を着ていてよかったです。何とかごまかしました。

 それなのに地下鉄を利用しろなんて。昔は地下鉄や列車でさんざん移動しました。飛行機で大会の場所に移動なんて誰もやっていませんでしたから、3等寝台列車とは何かをよく知っていますよ。

 

-問題や渋滞のある悪天候のモスクワを離れて、海外に移住したいと考えたことはありますか。

 アメリカやアジア諸国からそのような招待はよくあります。例えば最近では、中国代表を指導してほしいと、中国に招待されました。

 ですが今のところ、母国を離れる心の準備はできていません。ロシアのために活動してきたし、それを続けています。ここでフィギュアスケートの学校を開校し、ロシアの選手を育てたいです。それが私の夢です。

 

-ロシアに対する経済制裁で、生活に影響はありませんでしたか。

 外国のある大企業と商談しました。私のショーの保証をする予定だった会社です。ロンドンで関係者と会い、契約書に署名をしました。ところが、対ロシア制裁が発動されると、協力を拒んできたのです。緊急的に替わりの企業を探さなくてはいけなくなりました。というわけで、制裁を実感しましたよ。

 

記事全文(露語)