ソチ五輪大丈夫?

ソチから60㌔離れたルジャナヤ・ポリャーナのボブスレー予定会場で練習する英国チーム =AFP/East News撮影

ソチから60㌔離れたルジャナヤ・ポリャーナのボブスレー予定会場で練習する英国チーム =AFP/East News撮影

ソチ冬季五輪開催まで1年を切ったが、五輪組織関係者に対する批判がどんどん厳しくなっている。五輪関連施設の工事の遅延や、建設費用の著しい増大以外にも、開催場所の選定を誤ったという批判すら聞こえてくる。

 プーチン大統領は2月上旬、五輪関連施設の現場視察を行い、組織関係者に苦言を呈した。工事が大幅に遅れているスキー・ジャンプ台などの複合施設「ゴルナヤ・カルセリ」については、特に不満をあらわにした。

 コザク副首相は、当初12億㍔(約36億円)と見積もられていた費用が、80億㍔(約240億円)にまで膨らんでいる事実を大統領に伝えた。ロシア五輪組織委員会副委員長を務め、後に辞任したアフメド・ビラロフ下院議員が原因を作ったとされる。 

 生態学者はソチ市と郊外に競技施設を建設したことで自然を再生不可能なまでに破壊したと考えている。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは五輪施設の建設に携わっている外国人労働者に対して期日までに給与が支払われていないとする報告書を提出した。

 

過去にも批判先行

 ほとんどの五輪が準備段階で各方面から厳しい非難を受けた。それでも、どの組織委員会も開催までには問題を解決して競技は実施された。

インフォグラフィック

ソチのオリンピックパーク

 2004年アテネ夏季五輪では、国際オリンピック委員会(IOC)が開催の4年前、施設の建設工事が非常に遅いと警告し、ギリシャでは新しい組織委員会まで創設された。開会式と閉会式が行われたスタジアムは開催日の2カ月前に完工し、開催に何の影響も及ぼさなかった。2008年北京夏季五輪では、政治家や社会団体が人権侵害著しい中国を開催国に選んだのはけしからんとIOCを批判していた。結局は、競技施設の使いやすさやスムーズな運営などで高い水準の大会として記憶に残った。 

  冬季五輪はこれまでどうだっただろうか。2006年トリノ冬季五輪では、イタリアの組織委員会が府から財政融資を受けられないことを理由に、解散の危機に追い込まれ。五輪開催中には、交通機関の運営に多くの批判が集まっていた

2010年バンクーバー冬季五輪は悲劇から始まった。リュージュのグルジア代表、ノダル・クマリタシビリ選手が開会式前に練習した際、危険なコースを曲がり切れず事故死した。開会式は、黙とうから始めなければならなかった。

れ以前はどうだっただろう。政治的理由で数十ボイコットした1980年モスクワ五輪やテロ攻撃のあった1972年ミュンヘン五輪でも会自体は順調に行われた。五輪が開催されなかったのは世界大戦の時だけだ。

 ロシアで開催される五輪には、いつも特別な関心が集まるようだ。スクワ五輪のボイコット騒動は多くの人の記憶に残っているチ五輪までもロシアへの政治的圧力に利用しようとする動きがる。西側道では、ポーツイベントを利用しての分野でロシアに譲歩させようとする動きが見とれる

 IOC員によると、現時点でのソチ五輪最大の長所は、参加者と観戦者の安全対策が強力であるという。IOCロシア五輪委員会が現在の問題を克服し、ソチ五輪が高い水準の大会になると自信を持っている。

 ジャック・ロゲIOC長は「ソチが選ばれたのは、ロシアにあるからではない。競技者にとって最高の条件がここで与えられるからだ。輪は立派なものになると確信している」とロシアNOWのインタビューに答えた。