8月の苦い思い出から離れて

タス通信

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ロシアでは1990年代初めから、8月は呪われた月と言われている。だが広大な大地を旅し、知られざる穴場を探すのに、これほど最高の月はない。

 ロシア極東や他の多くの地域で夏は延びる傾向にあり、10月まで温かい。やがて日が短くなるにつれ、秋とその背後に潜む冬の哀愁がただよってくる。ロシア人がインドのゴアや、タイ、トルコでの長い休暇を夢見るのは、寒い季節を夏の2倍ほどに感じているためだ。

 8月の終わりはコケモモを摘み、キノコを狩るのに適した時期。極東ではまだ水が温かく、十分に遊泳できる。ロシアの中でももっとも寒い地域であるサハ共和国やマガダンからは、水泳や日焼けを楽しみたい人々が、沿海地方に殺到する。サハリンの亜庭湾は、ダイバーやスイマーのメッカ。8月、島の沖の水はとても温かく、ホホジロザメがあらわれることもある!

 

“黒い8月”の年代記 

 一部ロシア人は、8月を不運な月だと考えている。なぜ多くのことがこの月にうまくいかないのかを説明するため、占星術まで用いられている。1991年8月にはソ連クーデターが失敗に終わり、ソ連を歴史年代記に追いやることとなる、一連のできごとを引き起こした。このできごとに対する賛否はともかくとして、ロシア史上まれに見る非常に困難な時代の前触れであった。国民は一晩で生涯の貯金を失い、物不足やインフレにあえいだ。

 2000年8月には潜水艦「クルスク」が沈没し、118人の命が失われた。2008年8月、世界中が北京オリンピックに注目していた時、グルジアのミヘイル・サアカシュヴィリ大統領は南オセチアに軍事攻撃を実施。ロシアとの戦争に発展した。多くの人は、この紛争が今年のウクライナ情勢の前触れだったと考えている。

 この「黒い8月」についてはウィキペディアのページまで存在し、昨年のハバロフスク地方、アムール州の洪水までの悲劇の一覧が記されている。ウクライナの怒りが静まり、この情勢が本格的な戦争に変わらないよう願っている人もいるだろう。だがウクライナとロシアの国境付近で西側のジャーナリストが行う一部無責任な報道は、局面をさらに緊張化させている。

 

現代も徘徊する伝説 

 黒い8月は時に不安にさせる。英蘭大手石油会社のある幹部が、ロシアの馬鹿げた盲信と、この月は呪われていると言ったロシア人の同僚に思わず苦笑していたことを覚えている。あれは2006年の夏。ガスプロムにサハリン2を管理させるよう、モスクワからこの会社に強烈な圧力がかかった時。8月の終わりまでには嫌な前兆があり、クレムリンとその環境当局からの猛撃に会社は屈してしまった。この幹部は結果的に、ロシア専門家にリストラされた。

 ロシア極東の多くの場所では、1年中でもっとも暑い日は8月中旬。天候が気性を熱くし、破局を招くと信じている人もいる。確かにそれを目の当たりにしたことがある。8年付き合っていたカップルが、空調の機能していないシベリア鉄道でイラ立ち、互いに愛想を尽かしてしまった。

 私は個人的に、この謎めいた8月の呪いの影響を受けたことはない。8月後半はロシアを旅するのに適した時期。アウトドアのキャンプを楽しむに十分な暖かさがあるし、気温と水温の差も小さい。昼には空が青く澄みわたり、夜には星がきらめいて観察するには抜群の環境になる。8月下旬をバイカル湖周辺で過ごすと感動的。イルクーツクを拠点としたNGO「ザ・グレート・バイカル・トレイル」は、ハイキング・コースづくりに大きく貢献した。都会の喧騒から離れて大自然と融合できる、理想的な場所だ。

 呪いも伝説もひとまず忘れ、秋が始まるまでの束の間のロシア旅行に出発だ。