ソローチンスクの山の五輪

70歳になるピョートル・ゲオルギエビッチ・グリゴリエフさん=ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

70歳になるピョートル・ゲオルギエビッチ・グリゴリエフさん=ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

ソチ五輪で熱戦が続くなか、オレンブルク州のソローチンスクにもオリンピックの五輪が現れた。年金生活者のピョートル・グリゴリエフさんが雪に覆われた斜面に、着色した水で直接描いたものだ。五輪は数キロメートルの距離からも見える。さらに彼は、スキーリフト付きのスキー場も作った。古いジープの駆動力を利用してリフトはスキー客を山の上に運ぶ。究極のDIY(Do It Yourself!)であり、愛国者だ。

スポーツの大きな夢

 70歳になるピョートル・ゲオルギエビッチ・グリゴリエフさんは、キルギスの山の中に生まれた。スキーはそれなりに滑れるが、 一度もスキー・リゾートに行った事がない。1972年に結婚し、ソローチンスクに引っ越した。機械技師として働いていた彼は手先が非常に器用である。彼は自分でボートを作り、毎年夏、地元の人々にウォータースキーを楽しませていた。雑誌の図面を元に手作りハンググライダーを作り、州のハンググライディング 大会で優勝した。ある日、末息子がスキーをやってみたいと言い出した。グリゴリエフさんは近くにある唯一の山、マヤク山の斜面へ向かったが、頂上に自力で登る事は無理だと悟った。

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80年夏の思い出

 「どうやってリフトを作るか考えだした」とグリゴリエフさんは微笑む。「ケーブルを張るのに丁度いい所を見つけた。この辺りには金属が沢山転がっている。ケー ブルは見つかったが、どうやってリフトを動かすのか。山には電気はない。それでローラーとギヤを使う事を思いついた」

 グリゴリエフはGAZ-66の前車軸半分、UAZの駆動車軸とスクラップでスキーリフトを作った。ジープの後輪をローラーに乗せ、車体が動かない様にワイヤーで固定し、ギヤを入れる。アイドリングでも130メートルの所まで希望者を上げることができる。 

 彼のジープは強者だ。1947年式の三菱ジープJ36である。50歳の誕生日に船乗りの兄が日本から持ってきてくれた。走行距離は100万キロを超え、家族は「ブローニャ」と呼んでいる。この愛称は、エンジンの音が装甲車(訳注:ロシア語で装甲車を「ブロネビク」という)に似ており、 装甲車の用に頑丈であるからだと言う。

 

SOroCHInsk 2014

ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

 ボランティアがくれたトレーラーでスキーなどのレンタルをする。グリゴリエフさんは家で私を待っていた。彼の家では電話がひっきりなしに鳴っていた。山からスキー客が電話してくるのだ。我々は急いで山に向かった。

 ジープは軽快にトレーラーを牽引し、カーブを曲がった。山を上り始めた時、グリゴリエフさんは誇らしげに周囲を見回した。

 「ここにはゴミ捨て場があった。人々が街から来てゴミを投棄していた。ソーシャルワーカーで地元の環境保全運動家のユーリー・ポヌィルコと一緒に綺麗にしたんだ。カマズトラック60台分のゴミを運び出した。それから道を舗装した」

 山ではオリンピックの五輪が輝いていた。彼が家庭用のバケツと着色した水を使って真っ白な雪の斜面に描いたのだ。大変な仕事だが、ここからでも見える。さらに、「SOroCHInsk 2014」という看板も立てた。言いたい事は分かる。

 スキー客は5台の車でやってきた。彼らはトレーラーを開けるのを手伝った。リフトへの道に雪が積もっていたが、5つのショベルですぐにジープが通れる道ができた。ジープをローラーに乗せ、ギヤを入れ、音を立てながらリフトが動き始めた。よくやった!

 

優等生は無料で滑り放題

「君にはサイズ37、君は38。ここにサインして、思う存分滑ってね。」=ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

 トレーラーの横には色あせた「ロシア、前進せよ!」という旗がある。グリゴリエフはストーブを点け、レンタル用品を貸し出し始めた。優等生にはスキー板を 無料で貸し出す。他の子供達は一時間20ルーブル(約60円)、大人は一時間200ルーブル(約600円)で借りることができる。自分のスキー具を持ってきた人は、一時間50ルーブル(約150円)でリフトを使うことができる。ちなみに、クバンディクにある最寄りのスキー場(ソローチンスクから400キロ)では、一回上がるだけで50ルーブルかか る。

 「そうだ、ほとんどタダだよ」。オレンブルグ出身のオレグはにっこりとする。「週末に友達を訪ねてここに来て、このスキーリフトについて聞いたのさ。これからはここに来る機会が増えるね」

 二人の少女がはにかみながら成績表を広げて見せている。グリゴリエフはページをめくる。成績は5ばかり。机の下にかがみ、彼はスキーブーツを取り出す。

 「君にはサイズ37、君は38。ここにサインして、思う存分滑ってね。学校で言うんだよ、オール5だったらタダでスキーできるって」

 高校生のマクシムが自分のスノーボードで滑るのは今年で2年目。今日は二時間滑りにきた。

 「家の外でビール片手に座っているより良いよ。スノーボードは親が買ってくれた。もうマスターしたよ。グリゴリエフさんがいて良かったよ。まるでソチのオリンピック大会にいるみたいだ」

 

ソローチンスクっ子のスローガン

ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

 ソローチンスクの市長はグリゴリエフさんのプロジェクトを全面的に支援している。市長は自分の給料から5000ルーブル(約1万5千円)を「スキー・リゾート開発費」としてグリゴリエフさんに渡した事もあるが、残念ながら、市の予算で援助する事は出来ない。

 「マヤク山は市の管轄ではなく、地区の管轄にある。法律により、市はマヤク山には一切手を出せない。地区には地区の問題がいろいろとあるし、スキー・リゾートどころではない。しかし、近々市と地区を合併することが決まっている。合併すれば、このプロジェクトの資金繰りを解決する事ができる。ソローチンスクのスキー場をどうするか、我々は2時間も頭を悩ませたが埒が開かなかった」

 そこで、グリゴリエフさんは自力でスキー場を作ってしまった。許可も登録も税務署の審査も、何もない。彼が天才的に器用だったとしても、おんぼろのジープを使ったスキーリフトが安全検査に通る訳がない。ということは、新しいリフトを作らなければいけない。しかし、そうなると、いろいろと問題が出てくる。例えば、ソローチンスクには映画館がない。投資家がいても、採算がとれないのでソローチンスクに映画館を建てる経済性はないと言う。人口3万人の街だが、上演しても元が取れない。だからソローチンスクの住民はオレンブルグまで行かないと(映画館で)ポップコーンを食べることもできないのだ。

 グリゴリエフさんはオレンブルグ地方エキストリーム・スポーツ協会RIFの会長だが、だからといって税務登録もせずにスキー具のレンタル料をとっていい事にはならない。スキー場は今年で6年目だが、訪れるスキー客は多くても1シーズンに1500人。小さな地方のリゾートだとしても利用人数が少なすぎる。風は強いし、気温は氷点下20度以下。こんなところにスキー場を建てる投資家はいない。

 

夢の実現 

1947年式の三菱ジープJ36=ロシースカヤ・ガゼタ(ロシア新聞)撮影

 吹雪でマヤク山の五輪マークに雪が積もる。グリゴリエフさんのプロジェクトはお役所に潰されてしまうのだろうか。なにか良い案がないだろうか。

 例えば、非営利団体登録をする事が出来る。スポンサーを見つける事も出来る。ミニ・ホテルはすでにある。マヤク山の道路もほとんど出来ている。インフラはあると言えばある。

 私がこの記事を書いている間に、グリゴリエフは何と、州の副知事と会ってきた。副知事によると、知事自らこのプロジェクトに関心を持ち、電気が使える様に線を引っ張って来る事を約束した。翌日には、電信柱が既に立っていた。さらには、造雪機も動き始めている。そして人々は、「ソローチンスクのオリンピック・ス キー場」に向かう。ソチのスローガンは、ソローチンスクでも通用する。

 

元記事(露語)