ロシアの蚤の市

毎年、モスクワのチーシンスカヤ広場(チーシンカ)では、恒例の「蚤の市」が開かれる。=セルゲイ・ピャタコフ撮影/ロシア通信

毎年、モスクワのチーシンスカヤ広場(チーシンカ)では、恒例の「蚤の市」が開かれる。=セルゲイ・ピャタコフ撮影/ロシア通信

毎年、モスクワのチーシンスカヤ広場(チーシンカ)では、恒例の「蚤の市」が開かれる。これは、不思議なパワースポットの雰囲気を甦らせるアートプロジェクトで、「ブローシカ(蚤の市)」とか「バラホールカ(がらくた市)」と呼ばれる。

 この広場には、戦前、モスクワの主要な市場の一つがあり、1960年代から1990年代にかけて、流行好きな若者たちの巡礼の地となり、とびきりオリジナルな商品が二束三文で手に入った。物不足と文無しだらけの当時、そこは、地元の洒落者たちのメッカだったが、現在、定期市は、有名なチーシンスカヤの「ブローシカ」の思い出と化し、市場は、今風のショッピングセンターに取って代わられた。

 

昔ながらの蚤の市 

 とはいえ、多少ともジャンクマーケットめいた場所は、まだあちこちに残っている。ペテルブルグには、今も、ロシア随一の「バラホールカ」とみなされているウジェーリナヤという地区がある。

 モスクワでは、長いこと、電車のプラットフォーム「マールク」で、なかば非合法的な商いが営まれていた。「マールク」へ行くにはそれなりの勇気が必要で、まず、電車でそこまで行き、それから、電車のプラットフォームの端から何キロメートルも続く長い商店街を彷徨うことになる。

アントン・アガーロコフ撮影 

 英語を話す者はおらず、品物は、地べたに敷かれた新聞紙や布切れのうえに並べられ、売り手の大半は、ゴーリキイの戯曲「どん底」の登場人物を想わせる。その代り、30ルーブルもあれば、パッチワーク風のパラソル、可愛いティースプーン、飛行機の刺繍入りの麻のパイロット帽、さらには、ぴかぴか光る朝鮮のバッジまで、手に入れることができた。2010年から、蚤の市は、サンクトペテルブルク方面のノヴォポドレーズコヴォという別のプラットフォームへ移り、いくぶん洗練された感がある。ときどき閉鎖の噂は耳にするものの、やはりいちばん蚤の市らしい場所とみなされている。

 

イズマイロヴォの何でもありの巨大ガラクタ市 

 けれども、モスクワ市当局が全面的に支援している市場もある。それは、私物を売る貧しい年金生活者もいれば骨董を商うちゃんとした店もあるという折衷式の市場であり、その一つは、モスクワ北東部の地下鉄パルチザンスカヤ駅からイズマイロヴォ・ホテルの方向へ徒歩数十分のところにある。

 「ヴェルニサージ」という看板の下から並木道が始まって、イズマイロヴォのクレムリンのカラフルな丸屋根へと続いているが、モスクワの赤の広場のクレムリンを思わせるこの華やかな白亜の宮殿に、広々とした市場が設けられた。そこには、カフェ、射的場、石鹸工房、鐘楼のほか、ロシアのパン、ウォッカ、玩具、艦隊の歴史などをテーマとしたいろいろな博物館がある。

 

ロシアのお土産を買うならここで 

 商いは、早くも入口の辺りから始まり、威勢のいいおばあさんたちが、昔のフォークやスプーン、懐かしい古雑誌などを売って、わずかな年金の足しにしている。ある男性客が、売り手の一人に、チョウザメの描かれたブリキ製のキャビアの空き缶の値段を訊ねた。なんと、300ルーブル(約900円)。おばあさんは、すまなそうな顔でこんな言い訳をする。「50年代のやつだもの!」。隣では、おしゃれな女性が、アイフォンに向かって歓声を上げている。「すごい蓄音器を見つけちゃった! ちゃんと動くのよ!」。

 ロシアのお土産を買うなら、ここへ足を運ぶにかぎる。ぱっと目に入った粗悪なマトリョーシカではなくちゃんとしたものを探したいという人なら、きっとここで何か愛しく珍しい想い出の品に出逢えるはずだ。もっとも、それなりの出費は覚悟しなくてはならない。

 「アヴィアートル(飛行士)」という店では、「ポリョート(飛行)」や「ブラーン(大吹雪)」といった有名ブランドの美しいミリタリーウォッチが、平均4000ルーブル(約12000円)で買える。数メートル先では、新品ではなく1940年代初めという時代物の同じ時計が、その半値で売られている。時計はどれも動き、旧型の部品で作ったものもあれば、まったく未使用だったものもある。

 

狙い目は休日の午前中 

 休日は、とくに午前中は、品ぞろえも豊富だが、平日は、売り場が二列ほどしかなく、5時を回ればそろそろ店じまいとなる。彫刻装飾の施されたスラヴ風の木製の売り台は、いかにもロシアの定期市といった趣で、そこには、レース、ショール、パヴロフスキー・ポサード産のスカーフ、野生動物の毛皮、琥珀、陶器、鍛造、皮革、ガラス工芸といったロシアの手工業の製品が、所狭しと並び、わかりやすいように、「民芸品通り」、「絵画小路」、「イコン街」といった名前までついている。

 一つ一つ売り台を覘くごとに、この国の歴史の頁が目の前に浮かぶ。軍服、潜水服、レーニンの胸像(もっとも小さいもので1500ルーブル(約4500円))、さらには、ソ連時代に人気のあった庶民の煙草「ベロモルカナール(白海バルト海運河)」。この煙草は、今も一部の食料品店で安く買えるが、ここのは、皺々のパッケージの年代物で350ルーブルもする。

 

趣味と実益を兼ねる 

 自分も収集家という売り手も多く、水兵用の縞のアンダーシャツを着た50がらみの男性は、大きな陳列台に並べて売っているバッジの話をしてくれた。

 「これで二割くらいでしょうか、全部ではなく今日もってきたものの…。20歳の頃から集めているので、コレクター仲間もたくさんいます。独りではやっていけず、たえず交換が必要なのです。これは、現代の飛行機、オーダーメードで、500~700ルーブルしますが、とても人気があります。今日はスポーツものがよく売れますね。今晩ゲームがあるので、ファンがお土産をさがしに来たようです…」。

 とはいえ、すべてが珍品の掘り出し物というわけではまったくなく、たとえば、今の職人が昔ながらの木の器にスラヴ風の絵付けを施したものが売られているといったケースもよくある。隣から、売り子さんと指環をはめた貴婦人風の女性客のやや興奮気味の話し声が聞こえてくる。

 「もし、これが、今の職人さんであっても、フェドースキノのような村の職人さんが作ったものなら、たしかにお宝ですよ! でも、ロシアから村はなくなり、職人の腕もロシアの心も、村とともに消えてしまいました!」。

 「お客さん、過ぎ去ったものを甦らせることはできません! ガリーナ・マースレンニコワという工芸作家をご存知ですか? 彼女は、自分の村に匠の技を復活させようとしましたが、結局、どうなったと思います? ウォッカの酒盛りでおしまい! とんだ芸術ときたものです!」。

 そんなやりとりをよそに、目と鼻の先では、その独特な細密画で知られるフェドースキノ村の優美な絵付けの施されたブローチが売られている。まさに、「求めよ、然らば與へられん」。