チカーロフらがANT-25で北極に向けて飛び立つ

ワレリー・チカーロフ、ゲオルギー・バイドゥコフ、アレクサンドル・ベリャコフ、1937年。

ワレリー・チカーロフ、ゲオルギー・バイドゥコフ、アレクサンドル・ベリャコフ、1937年。

1937年の今日、6月18日に、ワレリー・チカーロフ、ゲオルギー・バイドゥコフ、アレクサンドル・ベリャコフの3人のパイロットが、長距離飛行で数々の世界記録を打ち立てたANT-25に搭乗し、モスクワ郊外のショールコヴォ飛行場から北極に向けて飛び立った。彼らは、モスクワ―北極―バンクーバー(米国ワシントン州)の無着陸飛行を成し遂げ、6月20日にバンクーバーの飛行場に着陸した。

 ANT-25は、ツポレフ設計局で、その創業者アンドレイ・ツポレフの指導のもとに設計、製造された。初飛行は1933年。

 全長13.9 mに対し、全幅34.98 mと、翼の長さが一見して分かる特徴で、最高速度は246 km/h、乗員は3~4名、航続距離は13000㎞と、当時としては長大だった。

 後に、同機をベースに長距離爆撃機ANT-36が作られている。

 

数々の長距離世界記録 

 1934年9月には、ミハイル・グローモフが同機で、75時間で12411キロを飛ぶという、飛行時間と距離の世界記録を樹立し(このときは、一箇所を旋回し続けた)、1936年には、ワレリー・チカーロフが、モスクワから極東まで、9375キロの無着陸飛行に世界で初めて成功している。

 しかし、モスクワ―北極―バンクーバーの飛行は、困難を極めた・・・。

 

翼も冷却水も凍りつく 

 北極までの飛行は15時間以上かかり、翼、水平安定版、アンテナなどは氷で覆われた。一時はエンジンの冷却水も無くなり、予備のタンクの水も凍ってしまったので、エンジンはいつ壊れてもおかしくない状態だった。

 強い向かい風のため、ガソリンも予定より多く消費したが、それでも、北極点を経由してアメリカかカナダに着陸するという当初の目標は達成された。バンクーバー(米国ワシントン州)に着陸したとき、ガソリンはほとんど残っていなかった。

 米国大統領フランクリン・ルーズベルトは、パイロットたちをホワイトハウスに招き、その偉業を讃えた。