スターリンについて子供たちとどう話すか

ヨシフ・スターリンの死後60年を経て、この独裁者についての子供向けの最初の本が出版された。だがロシア社会は、みずからの過去を描いたページを、子供たちと話し合う用意ができているだろうか。

 写真提供:「ロゾヴィイ・ギラッフ」出版社

 スターリン没後60年に寄せて、スターリン時代の恐怖を語る亡命作家エフゲニー・エリチンの本『スターリンの鼻』(原題『Breaking Stalin’s Nose』)がロシア語に翻訳された。この本は昨年度、米国の児童文学賞のニューベリー賞を受賞した。

 本の主人公の少年サーシャは、内務人民委員部の将校である父親が大好きなのだが、その父親が同じ内務人民委員部の同僚に逮捕される。財産は隣人たちに持ち去られ、少年は叔母のところへ行くが、叔母は「人民の敵」の息子との関係で逮捕されるのを怖れて、彼を追い払う。学校では子供たちがみな密告し合い、教師もそれをけしかける。

 この本では、果てしなく続く逮捕、政治囚への面会の行列、そのほか当時の実情が語られている。本来の職業がイラスト画家である作者は、本文に、自分で描いた白黒の、コミックに似たレトロ調の鉛筆画を添えた。ソ連文学の長年にわたる伝統のあと、実際にロシアで何が起こっていたかを子供と話す最初の試みだ。共同住宅やピオネールのネッカチーフとは何か、そもそもピオネールとは何かを説明するような作品は、米国の子供だけでなく、ロシアの子供たちにも必要だということがわかる。

 

何歳から、どう話し始めるか? 

 だがスターリンについて、その大規模テロ(大粛清)について、一体、子供が何歳のときから話せるのだろうか。それにこの会話をどう始めればよいのか。

 この本を最初に読んだ子供たちの両親が寄せた感想から見ると、本書は7歳では年齢が小さすぎ、14歳ではもう遅すぎることがわかる。この年齢になると、子供はもう、シャラーモフ、ソルジェニーツィン、ギンズブルグの『明るい夜 暗い昼』(原題『険しい旅路』)など、さらに真面目な本を読んでいる。『スターリンの鼻』の主人公自身が11歳だが、これは読者としても理想的な年齢だ。歴史の教員らは、スターリンについて、およそこの年齢のときに子供に話すべきだという意見で一致している。

 「大規模テロの話はわかりやすい形で、およそ9~10歳の子供と始めるべきであり、それに遅れないようにということだが、それよりも早く話せるものだろうか」と著名な歴史家であるロシアの功労教員レオニード・カツバ氏は言う。

 

今なお3分の1以上が尊敬、共感 

 しかし専門家らの意見は、もしスターリンについての現代の両親の話を信じたら、それはまったく予想外の展開を見せるかもしれないという点で一致した。全ロシア世論調査センターによれば、国民の27%がスターリンに尊敬の気持を持っており、6%が共感、回答者の3%がスターリンに魅了されていると認め、30%もの回答者がまったく無関心とのこと。

 「こんな会話を家庭や両親に期待するのは無意味だ。彼らは、スターリンについて何も読んだことがないか、スターリンに無関心、あるいは親スターリンの立場に立つ世代だ」と、青少年活動団体「メモリアル」の一員であるイリーナ・シチェルバコワさんは考える。実際にかなりのパーセンテージの人々が、第2次世界大戦におけるスターリンの「偉大な勝利」や「工業の成果」、そしてスターリンの時代に国内にあった「きびしい秩序」を思い出す。

 

「絶対悪だということから出発すべき」 

 「スターリンについての会話を、彼の統治下の「何か肯定的なもの」についての話でバランスをとる必要はない。やはり、スターリンがヒトラーと同様に、弁解の余地のない絶対悪だということから出発すべきだ」とレオニード・カツバ氏は考える。イリーナ・シチェルバコワさんもカツバ氏に賛成して、「ドイツ人は歴史的経過について、より容易に話せる。彼らには逆の肯定面がないのだから」と指摘する。「さらにドイツには、ヒトラーの話を計る独自の尺度となる『アンネの日記』がある」。

 

「なぜあんなことをしたの?」 

 すでに『スターリンの鼻』を読んだ読者の反応は、ほぼ一致しており、子供たちはみな、起こった出来事に驚き、非道な内務人民委員について、「なぜあんなことをしたの?」と悲しげに両親に聞いたという。この本は子供たちの中に、あの事件についての不安と関心の種を蒔いた。

 しかし出版社「コメルサント」の批評家アンナ・ナリンスカヤさんは、この本は、芸術的にはむしろ作者の失敗だと考える。つまり逮捕についての真剣な話のあと、スターリンの石膏像から抜け落ちた鼻の幻想話が始まり、それが展開していく。そしてその後また真剣な話が始まる。この首尾一貫しない展開は子供たちを混乱させるかもしれないというのだ。「子供たちに必要なのは、作家ハルムスのような完全なナンセンスか、ギンズブルグの『明るい夜 暗い昼』のような真剣さと同情のどちらかだ」とイリーナ・シチェルバコワさんは考える。

 

「最初の一歩」 

 しかし、著名な詩人レフ・ルビンシュテイン氏はつぎのような感想を書き、それがロシア語版訳書の表紙を飾った。「わが国の歴史の非常に痛ましい、脳裡を離れぬ出来事についての本を書くこと、しかも面白く、しかもやさしい言葉で子供向けに書くことは、はっきり言って、ほとんど実行不可能な課題だ。だが作者はそれを引き受け、なしとげた」。

 作者がそれを「なしとげた」ということには、誰もが賛成ではないとしても、少なくとも、最初の一歩が踏み出されたのだ。