ピョートル・ネステロフ生まれる

ピョートル・ネステロフ

ピョートル・ネステロフ

1887年の今日、2月27日(ユリウス暦2月15日)に、ロシア帝国の伝説的パイロット、ピョートル・ネステロフ(~1914)が生まれた。彼はアクロバット飛行のパイオニアであり、まだ航空機が武装していなかった第一次大戦初期に、敵の航空機を撃墜した最初のパイロットとなった。

 ネステロフは初め、砲兵学校に学び、砲兵隊に中尉として配属されたが、1909年に飛行機会社に派遣されて、飛行訓練を始めた。

 1911年から軍のパイロットの訓練を受け、1912年11月に課程を修了し、軍のパイロットとなった。

 彼が一躍有名になったのは、1913年に、70馬力のニューポールIVで、宙返り飛行を行ったときだ。

 

 体当たりで撃墜第1号… 

 第一次世界大戦が始まると、爆弾の投下に優れた腕前を示した。

 1914年9月8日(8月26日)、ネステロフは、モラーヌ・ソルニエ単葉機に搭乗して出撃すると、オーストリア軍の偵察機(2人乗り)に遭遇した。

 ネステロフは、主脚を敵機にぶつけて墜落させようとしたが、プロペラが敵機に衝突してしまい、2機とも墜落してしまった。乗員は3人とも死亡。

 戦争初期には、航空機には武装はなく、このネステロフの体当たりが、史上初の敵機撃墜ということになった。

 

 平均寿命2週間 

 戦争当初、軍用機は主に偵察飛行に使われており、敵の陣地を限られた時間で回って、座席から身を乗り出して、重い写真機で撮影するのが目的だった。それをもとに砲撃目標を定めるわけだ。

 このように最初はもっぱら偵察飛行だったのだが、やがてお互いにピストルで、そのあとは機銃で打ち合うようになり、空中戦が誕生した。

 当時は事故死も非常に多く、イギリス空軍の戦闘機パイロットの配属後の“平均寿命”はわずか2週間だったという。