国際シンポジウム「日露作家会議」(東京大学、国際交流基金助成)、2001年=タス通信撮影
ペレービンは、ロシアの生活の微妙な変化のすべてを追うことによって「現在」を透視する。だが彼は、歴史年代記や、焦眉のテーマを歌うチャストゥーシカ(俗謡)を作るのではなく、ユニバーサルな手法を用いて、メタフィジックな世界を創り上げる。古代の神学構造を自作の主題に織り込むのだ。
嘘から出た真
彼の書物はすべて、普遍的な哲学的基礎にもとづいて作られている。周囲の世界は、延々と続く人工構造物であり、われわれはそこで、古来の「未完成の」現実をいたずらに探し求めて永遠に彷徨う運命にある。
これらの世界はすべて真実ではないが、いずれにせよ、誰かが信じている間は、それを偽りと呼ぶことはできない。世界のあらゆる説は、われわれの心の中にしか存在せず、心理的現実に偽りはないのだから。
このようにペレービンの、ロシア最初の禅仏教小説『チャパーエフと空虚(プストター)』の傑作は、真の現実と架空の現実との見分けがつかない世界に組み立てられている。足し算と引き算が対等に、虚構世界の製造過程に参加している。
世界を見る窓を変形
これらの幻影の製造法は、作者が、「ビューファインダー(構図を決める覗き窓)」のサイズと構成、つまり小説の主人公が世界を見る窓の枠を変形させるというやり方だ。ここでは重要なことはみな、「窓の敷居」で、つまりさまざまな世界の境界で起きる。それはビクトル・ペレービンが詩人であり、哲学者であり、境界領域の風俗作家だからだ。彼は現実性と現実性の継ぎ目に人物を登場させる。それらが出合った場所に鮮烈な芸術効果が生まれる。ひとつの世界像が別の世界像と重なりながら、最初の2つの世界像とちがった第3の世界像を作り出すのだ。
複数の世界のはざまで
崩壊する時代の作家ペレービンはしばしば、2つの世界に同時に住む主人公をテキストに登場させる。短編『ゴスプラン皇子』のソ連の勤務員らは、いろいろなコンピュータ・ゲームの中に同時に生きている。短編『ブルドーザー運転手の一日』のルンペンは米国のスパイだとわかり、中国の農夫ジュアンはクレムリンの指導者、そしてソ連の学生は狼に変身する。
世界と世界の境界には近づけず、これを乗り越えることはできない。この仏教徒である作者がくりかえし述べているように、これらの世界自体が、われわれの意識の投影にすぎないのだから。ひとつの現実から他の現実に移る唯一の方法は、みずから変化し、その変身(メタモルフォーゼ)を耐え抜くこと。変身能力は、互いに自由自在に交換し合う擬似現実のめまぐるしい変化を生き延びる条件になる。
ペレービンは新生ロシアの伝説と神話を作りながら、ストゥルガツキー兄弟をレムと足し算し、それにボルヘスを掛け合わせた。この図面によって組み立てられた風刺ファンタジー発生装置は、新聞の現実に付き添い、その内実をあばく、どこまでも機知に富んだ、毒のある滑稽な彼の書物の筋を、途切れることなく生み出す。
同時代性と永遠
しかし、社会的なテーマがペレービンの散文から尽きることは決してない。ひたすら痙攣し続ける現代の背後に、永遠の天が顔をのぞかせ、ペレービンの主人公らはみな、それを目指して突進しようとする。真理を求めてさ迷う意識の冒険―真理を宣言することは不可能だが、それは必要だ―は、彼の全作品の内面的主題、作品をつねに流れている主要主題である。そこにこそ秘密の誘惑が潜んでいる。ほかの多くの作家と同じように、ペレービンはすべてを見、すべてを知っており、何も信じてはいないが、暗黒を書きはしない。
その代わりに今度はプラトンを引用し、せいぜいのところ、「ガスの充満する渋滞のなか、真赤な『ポルシェ』で立ち往生する」という見通しくらいしか約束しない外的な現実の背後に、別の現実性があることを保証する。その現実性がいかなるものであろうと、またそれがどんな名で呼ばれていようと、そうした現実性への希望は、ペレービンのすべての主人公らと同様に「ただ奇跡的なものが欲しい、それによってすべてが変化する何かが欲しい」と願う忠実な読者らへの喜ばしい最高の贈り物だ。
現代と未来へのメッセージ
ペレービンは、首尾よく西側の文学に入り込んだ。それもスラブ学者経由でなく。彼は、英国、米国、フランス、そして特別な関心をもって日本で、ロシア作家としてではなく、現代作家として読まれている。ソビエト的な要素は、西側で知る人の少ない『チャパーエフと空虚(プストター)』においてでさえ、成功の妨げにはならなかった。新しい本の優れた翻訳(その中の1冊は、英語のごろ合わせの『バーニング・ブッシュ』とさえ命名されている)はペレービンを、ミロラド・パービッチや村上春樹と並んで、21世紀の現実性の産物である変形リアリズムの巨匠群に加えようとさえしている。
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