多くの外国人の意識には、「ロシアはとても寒い国で、冬はすべてが雪と氷で覆われ、戸外に出るときは、足が凍らないようにフェルト靴を履かねばならない」といったステレオタイプが、深く根を張っているかもしれない。だが実際には、モスクワでは雪に埋まるよりも、ぬかるみで立ち往生することの方がずっと多いのだ。今ではモスクワ市民にさえ、昔話に出てくるような冬に出会える機会はなかなかない。ましてや観光客にとってはなおさらだ。
そんな現代のモスクワに、一年ほど前、四季を問わず酷寒とはどんなものかを体験できる新名所がオープンした。「ソコーリニキ・氷の博物館」である。
博物館の中は一年中、マイナス10度の温度に保たれている。とくに休日や祭日には、酷寒や氷像鑑賞を楽しむ大勢の人が集まるので、300ルーブル(約800円)の入場券を買うために、一時間近くも行列に並ぶこともある。
入場券を購入した後は、すぐにクロークに向かうが、こちらは通常のクロークとは逆だ。普通ならマフラーを預けるが、ここではハンガーからキルティング・コート(綿毛をしっかりキルティングした長い上着)を取り、自分の服の上にそれを着込む。街を歩く靴を田舎風のフェルト靴に履きかえることもできる。冬には館内の方が戸外よりも暖かい場合もあるが、夏は館内用の特別コートなしでは、長くはいられない。
この博物館のアイデアは、創作集団「アート・ブリース」の、より厳密には、このグループのパーヴェル・メーリニコフ氏とバグダッド・スチェパニャン氏の二人の着想から生まれた。メーリニコフ氏は砂像制作で五回、スチェパニャン氏は氷像・雪像制作で三回、それぞれ世界チャンピオンに輝いた経歴の持ち主である。このチームは何年も連続でヴェネツィアのチャリティー砂像制作大会に参加。これまでに、ベスランの悲劇、教皇ヨハネ・パウロ2世、マハトマ・ガンジー、マザー・テレサなどをテーマにした砂像を出展している。
モスクワの「氷の博物館」も、ハンガリー、ブルガリア、ベルギー、オランダ、チェコの製作者たちも参加するなど、国際的な雰囲気だ。ロシア国内からも、モスクワ、サンクトペテルブルク、アルハンゲリスクの3つの都市の代表が会した。アルハンゲリスクからは、制作者だけでなく、大量の氷も参加。博物館の館員らは、北方から運び込まれた氷と、流れの速いモスクワ郊外の小川から切り出された氷を、一目で判別することが出来る。急流は氷のブロックに跡を残すのだ。500㎡の会場に並べられた全氷像の制作には、800トンの氷と200トンの雪が使われた。
参加者の自在なファンタジーを、主催者の側から規制することは一切なかった。広大なイメージを包括する「氷の宇宙」というのが、展示のテーマであったからだ。ここでは、想像しうるあらゆるファンタジーが混在している。神話のペガサス、宇宙を主題としたアニメの主人公たち、チュクチ民族の移動住居、クリスマスのまぐさ桶、恐竜の骨組、暖炉のある客間、本物の氷結花、巨大な氷の昆虫、等々。他人の作品を見るよりも、自分の作品を制作するほうが面白いという人のためには、博物館内にマスタークラスも設けられている。新人制作者には30分間、指導者による監督のもとで、電動のこぎりと工具を使って、氷の魚を制作する機会が与えられる。こうした魚を家に持ち帰ることはできないが、制作にたずさわったという快い感動は、もちろん持ち帰ることができる。
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