バイカル見ずして

「バイカルを見て死ね」という表現はロシアの七不思議の一つにうってつけである。水深40㍍の澄んだ水は酸素にあふれ、その特性は蒸留水に近い。ここを冬に訪れれば、超硬硝子の上を渡るようだ。露日戦争時の1904年には凍結した湖に鉄道が敷かれ65両の蒸気機関車が2300両の貨車をけん引した。春には氷が割れて、震える水が姿を見せる。シベリアっ子はこの湖を「淡水の海」と呼んでいる。

自然との一体感満喫

 桟橋を出た小船の舵手が不機嫌そうに緑色の山脈を見てこう呟く。「バイカルにはいろんな表情があり一度にすべてを見ることは無理です。静かで穏やかな印象を覚える人もいれば白波や切り立った花崗岩にしかお目にかかれない人もいます」。

 

アンガラの恋

 こんなバイカル伝説がある。父なる湖バイカルには336の息子の川とアンガラという一人娘の川がおり、それらはみな父なる湖に注いでいた。 

 ところが、アンガラはエニセイ(川)に恋をして彼のもとへ逃げることにした。 

 それを知った父バイカルは行く手をふさごうとしてシャーマンの石を投げたが、アンガラは逃げおおせた。 

 すると、バイカルは後を追わせるべく自分の甥のイルクートを遣わした。 

 イルクートはアンガラが気の毒になって後を追わず戻ってしまった。そして、アンガラはエニセイと結ばれてそのまま先へ先へと流れていった。

 バイカル湖はアジアのほぼ中央に位置している。その海抜は445㍍だが、湖底は海抜ゼロ㍍を1200㍍ほど下回る。

 高い山脈で囲まれたバイカル山地に横たわる湖の長さは636㌔㍍に及び、これはちょうどモスクワ・サンクトペテルブルグ間の距離にあたる。湖の面積は約1000万の人口を有するベルギーとほぼ同じである。

 バイカル湖は、地球の他の湖沼ではお目にかかれない多種多様な動植物や魚類や微生物を宿している比類なき世界なのだ。

 アンガラ川から湖に吹き寄せる北東風が暖かな天候を告げている。上方から風が吹けばバイカル湖の南は嵐になり、高さ4㍍の波が岩を打ち、ヒグマたちは石の多い岸辺から松の森へ身を隠す。

 地球物理学者たちの見解によれば、バイカル湖は約2500〜3000万年前に形成された。

 それは年に2㌢㍍ほど広がり続けている地殻の断層によって限られた巨大なくぼ地にあり、バイカル湖は誕生しつつある大洋なのだとの仮説もある。地球のすべての河川がバイカル湖に注ぎ始めたとしても、それを満たすには1年かかる。

 シベリアの作家ワレンチン・ラスプーチンはバイカル湖についてこう記している。「バイカルはその偉容と規模で人間を圧倒するかに想われ、そこではすべてが大きく広く雄大で謎めいているが、それは逆に人間を高めてくれる。これほど完全で望ましい自然との一体感、そして自然に浸る感覚を味わわせてくれるところは他にない」。

 アントン・チェーホフ、ニコライ・リョーリフ、ジェームズ・キャメロン…。バイカル湖に魅せられた芸術家はまだまだ沢山いる。キャメロンは、そこに『タイタニック』や『アバター』といった映画の科学的基盤をも求め、すでに学術チームに伴われて潜水艇で湖底に潜った。

 監督や作家もさることながら、この湖はまず学者たちの関心を惹きつけた。世紀のはざまにはニュートリノ望遠鏡が湖に設置され、そのデータをもとに2013年3月には、2、3日前の地震予知を可能とする水中科学ステーションの始動が予定されている。

 バイカル断層地帯と呼ばれるこの地域は地震が起こりやすく、湖に近いイルクーツクやブリヤート共和国の諸都市では強い地震が時々観測されている。

バイカル地方の年間日照時間はカリフォルニアに次いで世界2位。ゴロウストノエ村では一年に2583時間、太陽が照る。

 バイカル湖ではブリヤートの伝説が古儀式派の儀式と隣り合い、ハイテク望遠鏡がさまざまな魚たちをのぞき(下の写真は水中を泳ぐアザラシ)、水中火山が活動し、北風が海上のようなスケールの嵐を湖にもたらす。

 バイカル湖は地球上に住んでいる人より1000万倍多くの人に水を飲ませることができ、湖を一周するには毎日歩いても4か月かかる。

 1996年、バイカル湖はユネスコの世界遺産に登録された。そして2008年には国民投票の結果、ロシアの七不思議の一つに選ばれた。

 小舟は石の多い岸へ近づいている。この森のどこかに世界一小さな鹿であるジャコウジカがいる。南はそろそろ嵐になるが、北の岸辺でそれを知る者はいない。

観光・レジャーも全方位で

  

 自動車、自転車、乗馬、徒歩などでバイカル観光が楽しめる。金色の砂浜の水浴場もある。湖畔の遺跡や博物館で歴史に触れることができる。バイカル湖岸鉄道も人気だ。

 バイカル湖クルージングには1時間、1日、1週間、1か月のコースがある。フィッシングのほか天然や人工の泥風呂や温泉もあり、水中ハンティングやダイビングもできる。東海岸ではウィンドサーフィンが最高だ。

 バイカル湖ではベテランも初心者もパラグライダーに最適な場所を見つけることができる。パラグライダー乗りたちがやってくるのは、長時間の飛行を可能とする天候の条件がそろう3月から10月にかけてである。 

 

 バイカル地域には岩場トレーニングから何日にも及ぶ雪山登山まで様々な難度の山岳コースがある。オリホーン島西岸のペシチェルヌイ岬から湖へ突き出ている2つの岩の高さは30㍍と42㍍。格好の練習場だ。