権威を引きずり下ろすのは悪くない

=Lori/Legion-Media撮影

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数年前、私はモスクワ大学の同僚と、韓国の新しい浦項工科大学校の会議に出席した。この大学の学長は、元気に挨拶を始めた。「当大学が10年後にどうなっているかを皆様にお話しします」。私の隣に座った同僚は、ため息をつきながら、こうつぶやいた。「うちの大学じゃ、100年前にどれだけすごかったかって話から始まるのにねぇ・・・」。

伝統か変化の欠如か 

ロシア人は大学史が好きで、ロシアの大学を誇らしげにケンブリッジ大学やハーバード大学と比較したり、またひどい場合は、ソルボンヌ大学がすでにずっと前から先端研究の大学の競合校とは見なされていないことも考えずに、この大学と比較したりするのを習慣にしている。新しい大学は、熟成されていない、また深い味わいのない、安いワインに似ていると感じてしまう。我々は、優れた大学とは、イギリスの芝生のように、本物の知識と英知の中心に変わるために、100年を要するなどと言う癖がついていた。

実際に、世界大学学術ランキングの上位100校には、平均創立150年以上の伝統があり、その名声で、優れた学生や教授をひきつける。ところがここ10年、高等教育は、「急速に発展する大学」という新たな現象に遭遇している。

最近世界銀行が発行した「学術優越への道(The Road to Academic Excellence)」という本には、20年から30年で、ゼロから斯界のトップに躍り出た大学の歴史を、数十校分ほど紹介していた。この本に記載されている事例から、歴史と伝統は価値があるものの、世界的な才能、知識、技術の市場の競争では、あまり役に立たなくなってきていることがわかる。資金、取り組み、才能を組み合わせれば、わずか10年で高いレベルの研究大学をつくれるのだ。

カザフスタンの例 

歴史の長い大学があるのに、新しい大学を創設する意味があるのかということは、ロシアにとって喫緊の問題だが、それに答える前に、旧ソ連の共和国であるカザフスタンの例を見てみよう。カザフスタンの新しい首都であるアスタナでは、わずか3年でナザルバエフ大学のキャンパスが建設された。この大学は、西側の一連の名門大学と協定を結び、中央アジアで世界レベルの大学を創設することを目的としている。

これより以前、ソ連時代に名をとどろかせていた旧首都のアルマアタの大学を、世界レベルの大学に育てようと、カザフスタン政府が積極的にとりくんだことがあったが、失敗に終わった。この経験と他の国の経験から、伝統は学術文化の基礎となるだけでなく、革新の障害にもなるため、既存の大学を「上から」変えようとするのは、実質的に不可能なのがわかる。

そのため、新しい手本と手法をアピールし、伝統への疑問を投げかけるために、新しく元気な大学と由緒ある大学の両方が必要なのだ。安定した、有名で自信に満ちた大学にとって、若きライバルは、不安感を呼び起こし、発展のきっかけとなりうる。

露大学システムの反革新性 

ここ20年ほとんど変わっていないロシアの大学システムには、特にこのような不安を感じる人々が必要なのだ。ソ連の高等教育システムは、計画経済の一部として、非常に精密に構成されていた。このシステムには、内部変革、人員入れ替え、外国の経験の分析と吸収、実体経済との関連などのメカニズムが組み込まれていた。

ただ、ソビエト的な反革新性という欠点もあり、それは現在でもロシアの高等教育のシステムを支配している。われわれは、現代ロシアにおける大学発展のメカニズムを研究したが、それによると、ロシアの国立大学の大部分には、変化への意欲が欠けており、外部からの行政的圧力に対しては、反応するフリを見せているにすぎないことがわかる。

もちろん、伝統校のなかにも、きわめて活発で精力的な大学がいくつかあるが、新しい大学よりは革新的な動きがとりにくい。

飛躍できるのは新大学 

今日、大学の再建や、低迷している大学を統合してレベルを上げることなどが、多く語られている。これはシステムの全体的な効率を高めるかもしれないが、いかにして新しい組織を若々しく大胆なものにするのだろうか、またいかにして活力を保ち、果敢な実験を行っていくのだろうか。

なるほど、良き伝統を守りつつも革新性を加えるべし、と呼びかけて、この論文を締めくくれば、“お上”の手前、無難だろう。だが、今日われわれの前に立ちはだかっている課題とは、ブランド強化ではなくブランド再構築、安定化ではなく現代化、進化ではなく突進なのだ。エネルギッシュで、古光りにはまだ早い大学が、現状打破の優れた候補となる。このような大学には、何よりも現代的なキャンパス、世界中の教授を招くための資金、実験と革新のための条件が必要だ。

記事の完全版(ロシア語のみ)