日本のミュージカルに大きな感動

今年の日本文化フェスティバル「日本の秋2012」は、ミュージカル「誓いのコイン」で幕を開けた。9月14日、愛媛県の「坊っちゃん劇場」が、モスクワで上演した。ひとつひとつの詠唱に、観客が大きな拍手を送った。

ロシア人捕虜と日本人看護婦の恋 

今から100年前、日露戦争の最中、愛媛県松山市の病院で、ロシアの将校と日本人の看護婦が出会ったというストーリーだ。敵国同士の若者の間で突然はじけた感情の感動の物語。そして、言葉や文化の障壁を乗り越えたものの、幸せな結婚にはいたれなかった悲恋の物語である。

「両国の国民の心の境界線を消し去れば、国家間の境界線は何も意味を持たない」が「日本の秋2012」のテーマとなっているため、このミュージカルがオープニングに選ばれたのは自然な成り行きだ。

二人の名が刻まれた金貨が見つかる 

「坊っちゃん劇場」(http://www.botchan.co.jp/)はモスクワで公演前に記者会見を開き、このアイデアがどのように生まれたのかを説明した。

「2010年1月26日、松山城二之丸の井戸跡を掘っていたところ、名前が刻まれた1899年製造の金貨が発見されたのです。名前のひとつは、日本で捕虜となっていたロシア将校のもので、もうひとつは日本の看護婦のものでした。日露戦争当時は、この場所に病院があり、ケガをしたロシアの兵士や将校が運ばれていました。ミュージカルはその若き二人の愛をイメージして創作されたものです。今回は、皆様にその金貨をお見せするため、モスクワに持参いたしました」。

金貨には、「ミハイル・コステンコ」と「タチバナ力(チカラ)」という名前が、はっきりと刻まれている。日本側が細かく調査した結果、刻む前の下書きは「タケバナカ」に見え、実際に当時この病院に勤務していた看護婦に、「竹場ナカ」という名前の女性がいたことが判明した。二人とも、この初恋を忘れることができなかったのだろう。このミュージカルはその恋の続編の物語だ。主役を演じたのは、滝香織さんと四宮貴久さん。

鳴り止まぬ拍手 

ヒロインの看護婦を演じた滝香織さんは、ロシアについて以前は何も知らなかったが、ミュージカルを通して知ることができたと語った。

ニコライ役の四宮貴久さんは、ミハイル・バリシニコフの作品のファンで、アメリカのミュージカルに出演した経験をもち、そこでロシア人俳優とも共演したことがある。

「『誓いのコイン』にとても強い印象を受けました。通常は日本人を題材にした、日本人の観客のための作品しかつくられません。良い作品は、このように、国境を超えるんですね」。

モスクワのマールイ劇場別館で上演されたミュージカル「誓いのコイン」は、大成功だった。ひとつひとつの詠唱に、観客は社交辞令ではなく、心から拍手を送った。日本人俳優たちの才能に、素直に感動したのだ。

ミュージカルの音楽を作曲したのは深沢桂子さんで、俳優はその歌を日本語なまりのロシア語でうたっていた。歌には拍手が鳴りやまなかった。また、ロシアの歌もロシア語でうたい、観客を喜ばせた。

100年ぶりの帰国 

公演を見たワレンチン・ワシリコフさんは、こう感想を述べた。「私は日本のすぐ隣にあるサハリンで生まれたんですが、日本文化と接することができたのはモスクワだけです。日露関係の歴史の中で、日本のミュージカル上演は初めてだと思います。歌がとても良かったです。音楽に日本らしさを感じることができました。ショーはとても質が高く、実際にあったできごとに基づいているので、とてもおもしろかったです」。

松山市の勝山中学校の生徒は、日露戦争時代からあるロシア人墓地の墓を、すでに30年以上も手入れしている。ここには、松山市で負傷して亡くなった、兵士や将校98人の遺灰が埋葬されている。墓石は祖国のある北を向いている。加戸守行・前愛媛県知事は、形だけでも祖国に帰してあげたいと、亡くなった人の写真をロシアに持参した。

「病院にずっと保管されていたロシアの方の写真を、このたびロシアにお持ちしました。 写真だけでもロシアに来ることができればと思ったんです。松山の墓は、老人から子供までの住民が、ていねいに手入れをしています。日本人は、この軍人の方々がロシアに帰ることができず、どれだけ無念だったかを理解しています。もう二度と戦争がくり返されないよう祈ります」と加戸氏は述べた。

9月18日からは、ミュージカルはオレンブルク市で公演され、20日に大好評のうちに千秋楽を迎えた。ロシアは「坊っちゃん劇場」にとって、初めての海外公演となる。多くのロシアや日本の組織が支援して実現された。愛する二人から贈られた金貨の話は、国境が人々を分離しても、優しい感情がつないでくれるということを、教えてくれる。

=関根和弘(朝日新聞モスクワ支局員)撮影