恐怖の衝動買い

=ロイター通信撮影

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万一に備えて貯金をする意味はないのだろうか? ロシア人にとって危機は日常茶飯事で、備える必要がないとでもいうのだろうか? ロシア人の多くが、お金が紙くずにならないうちにせっせと買物をして、少しでも幸せを感じようとしている。ヨーロッパや他の新興国を見ても、こんな生活を送る国民はいない…。

GDP(国内総生産)はとりあえず増えるが 

ロシア人は他の国民と何ら違わない。でも不況の気配を感じるや否や、「今は買物に適した時期じゃない」などと言いながら、給料を最寄りのショッピングセンターで使い切ってしまう。これから経済の状態がどんどん悪化し、新しいブラウスやアイフォンなどを買えるような給料をもらえなくなるのだから、今買ってしまえ!といった感じだ。

決して大げさな話をしているわけではない。6月末にコンサルティング会社「ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)」が行った調査によると、60%のロシア人が、リーマン・ショックで直接的な悪影響を受け(BRICS諸国、すなわちブラジル、ロシア、インド、中国の新興4カ国のなかで最多)、わずか29%が今年中に経済の状況が改善すると考えている。情報・調査企業「ニールセン」のデータでは、69%のロシア人が今は買物に適した時期ではないと回答している。でも買物をしているのだ。

 お店で幸せ 

ロシア国立経済高等学院の専門家であるアレクセイ・ベリャニン氏は首をかしげる。

「貯金というものは、不況に襲われたときに、多少でもショックを和らげることができてこそ、貯金です。それがないと、実際に深刻な事態に陥ったとき、生活水準が一気に低下しますからね。なるほど、国家規模では、それがどんな結末を迎えるのか予測不可能です。そういうことは国の仕事ですが、国民一人ひとりも、自分の力の及ぶ範囲で責任を負わなければいけません」。

だが、多くのロシアの消費者は、責任について考えるよりも、幸せを感じたいのだ。

ロシアでは幸福感が足りず、「BCG」の調査では、幸福で生活に満足していると答えたロシア人はわずか47%にとどまった。BRICSの他の国の数字を見ると、インド78%、ブラジル67%、中国62%だ。イギリスの独立系シンクタンク「ニュー・エコノミクス・ファンデーション」が最近発表した「地球幸福度指数」では、ロシアは世界151カ国のうち122位とかなり低い。

しかし、幸福感の欠如を解決する出口はすぐ隣にある。最寄りのお店の入口だ。なにしろ、42%のロシア人が「たくさん買物をするほど幸せを感じる」と回答しているのだから。同じくらいの“買い物依存症”なのは、ブラジル人のみで(40%)、珍しい存在であると言える。

スポーツ、映画、演劇といった楽しみもあるのに、なぜ買物なのだろう。モスクワ精神医学研究所のタチアーナ・クリメンコ教授は、このように説明する。

「(映画館や劇場で楽しむことは)子供時代にあまり教わっていないのです。買物は子供時代から知っている気楽な娯楽で、新しい物を買う嬉しさから、何度もくり返してしまうのです」。

 将来への不安 

買物好きになる要因はいくつかある。個人への融資は軒並み記録を更新し、ロシア中央銀行のデータによると、4月の月間増加率は40%を越え、ロシア統計局のデータによると、5月は昨年同月比11.1%増となった。また、今年度末の実質賃金は5~5.5%増になり、それに伴って小売売上高は5%以上拡大すると見込まれている。

この予測がどの程度当たるかは、石油価格、ヨーロッパの経済情勢、中国の実質経済成長率など、見えにくい外部的要因によって変わってくる。ロシアの研究・調査機関「マクロ経済分析センター」の専門家、ドミトリー・ベロウソフ氏はこう語る。

「これまでの給与水準の伸びからして、価格の高騰が起こっても下半期は持ちこたえることができるでしょう。でも、価格の高騰と平価切下げ(他国通貨に対して自国通貨の価値を引き下げること)が重なると、もっと大ブレーキになりかねません」。

事情が分かっている消費者は、このシナリオを警戒しているのだ。「BCG」の調査によれば、ロシア人の18%が、貯金しても安全でないため、お金を使っていると答えている。

 消費財は残る 

「自由にお金を使い始めるには、その人が単に今金持ちであるだけでなく、これからもずっと金持ちでいられると感じている必要がありますが、そのお金が価値を失っているのです」とクリメンコ氏は説明する。

「ルーブル、ユーロ、ドルのどの通貨で預金しても、安定はあり得ません。誰でも破たんする可能性があります。物品には価値が残るので、もっと頼りになります」。

ベリャニン氏は、人々は「消費財を買う他に」預金する方法を見つけられないと考えている。ルーブルを年利9~10%で貯金するという方法なら、インフレ率より高い金利を得られるが、銀行に対する信頼はとても低い。理論的に株式の購入という手もあるが、証券市場に何が起こるかは誰も予測できない。不動産は誰でも買えるわけではないし、貴金属は買ったところでその後どうするかという疑問がある。

ベリャニン氏によれば、アメリカでは市場が停滞すると、企業の株式よりも現金のドルがより信頼性が高いとして、現金を調達するようになるが、「ロシアの場合、ドル預金、ユーロ預金、国営天然ガス企業『ガスプロム』の株式、宝石の、どれが一番信頼性が高いかわからない。八方ふさがりだ」と言う。

「国民には、信頼できる預金方法が皆無で、自分の将来に対して自分で責任を負っていく覚悟がありません。なるほど、他の国民でも、大恐慌の時にはこういうこともありますが、通常時には起こり得ません。現代の産業社会では、人々は経済的に自己防衛できるのですから、なおさらです」。

残念ながら、ロシアの状況はノーマルとは言いがたい、とベリャニン氏はため息混じりに結んだ。