南千島、尖閣諸島

=タス通信撮影

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メドベージェフ首相の南千島訪問は、先週のトップ級のニュースとなった。南千島は、変わりつつある国際舞台の一部であり、多くの出来事が起きている。それは我々露日双方にこれまでとは違った目で“島”を見るように促しているようだ。つまり、これまでのような主人然としたアプローチでない、新たな視点でこの問題を捉える必要が出てきている。

どこか儀式風の日露外交

 メドベージェフ氏は、7月5日のカムチャツカ地方のペトロパブロフスク・カムチャツキー市での記者会見で、「南千島の問題にもっと注意を払うべきだ」と述べた。

なるほど、南千島の荒廃は、ある時点で極限に達した。道路はなく漁船は老朽化しており、サハリン島にさえ毎日飛行できる状態ではない。ちなみに、その問題は、メドベージェフ氏も一度ならず経験している(同氏の前回の当地への訪問は2010年に行われたが、やはり天候に左右された)。

もちろん、同氏の発言はすべて、対日外交にも関わっている。しかし、この外交と実際の露日関係は等価ではない。露日間の外交は、実はかなり単純だ。メドベージェフ氏の今回の訪問に対して日本外務省はもちろん抗議したが、この抗議にはどこか儀式めいたところがある。

全体として、とりわけ先月のロスカボスでのG20(主要20カ国・地域首脳会議)で、プーチン大統領と日本の野田佳彦首相がいたって和やかに会談したこと思えば、むしろ万事順調と言えよう。互いに柔道着を贈り合い、様々な協力問題を話し合っている。

日本もロシアも 南千島四島を自国のものとみなしていることは、現在、両国関係に脅威を及ぼしていないばかりか、国際問題にすら思えない。ロシアと日本がいかに模範的な隣国同士であるかは、近隣のアジアにおける酷似した状況を見れば分かる。そこにも実際の紛争に発展させない知恵が見られるのだ。

尖閣諸島問題にみる関係諸国の知恵

 

メドベージェフ氏がカムチャツカで記者会見した7月5日と前後して、4日に、中国政府・外交部でも記者会見が行われ、南千島問題と瓜二つの領土問題、すなわち尖閣諸島をめぐる問題が取り上げられた。

劉為民報道官は、台湾の中華保釣協会メンバー6人が漁船に乗り込んで尖閣諸島(沖縄県)付近に航行した事件について、日本に「台湾同胞を含めた中国人の生命と財産を脅かす挙動」を取らないよう求めた。

しかし、中国と台湾は他ならぬ尖閣諸島をめぐって争っており、南千島をめぐる日本とロシアのような関係にある。おまけに、中国と台湾は、中国全体に対する権力の正当性でも言い争っているのに、実際には可能なところで協力している。

両国とも、尖閣諸島を一つの“中国”のものとみなしており、ある状況においては、中国はこのようにごくデリケートに台湾の同胞に歩調を合せるのだ。そして、やはり同諸島の領有を主張する日本もまた、それらの台湾人に危害を及ぼすようなことはしていない。

つまり、この場合にも実際には万事うまくいっていると言えよう。なぜなら、領土問題が突如目を覚まして大問題になりうることは、尖閣諸島以南の状況を見ればよく分かるからだ。

対照的な南沙諸島

 来週、カンボジアの首都プノンペンで、東南アジア諸国連合(ASEAN)10ヶ国の外相会議が開かれる。その後で、安全保障に関する地域フォーラムに、中国、日本、米国、ロシアなど太平洋諸国の外相が参加して、中国をはじめ数ヶ国が領有を主張している南シナ海の南沙諸島をめぐる問題が取り上げられよう。

この海域では石油が見つかっているが、問題は石油ではない。世界の再分割である。ベトナムやフィリピンは、この地域では米国があまりにも弱く中国は余りにも強力なため、中国との紛争状況を作りだして米国をこの問題に巻き込んで、バランスを回復することにした。そして、米国がさかんに発破をかけるなか、南シナ海はますます危険な場所となりつつある。

グローバル化のなかで領土問題が火薬庫になるおそれ

 あれこれの領土をめぐる争いに共通するものは何かという問題に立ち返ろう。共通しているのは、それらが決してどこへも消え去ることがないということ、そして、世界がグローバル化して「国境が消えて」いけばいくほど、どんなに現代的な人であれ、「自分の領土」についての問題が人のどこか潜在意識の奥深くに巣食っていることがますます明らかになるということだ。

つまり、領土問題は、もしかすると、まったく出口なきものであり、それは決して解決しないほうがよいのかもしれない。今のように世界で混乱期が始まるやいなや不愉快な大事件が生じることは想像に難くない。

安定した時代の良いところは、特別の教育を受けた外交の専門家たちが国家間の問題の調整に携わることだ。それは、戦争という集団殺戮から同胞を救う人たちだ。「固有の領土」に関して隣国と話し合うことがいかに難しいかを誰からも教わらなかった市民運動や革命の落とし子である新参者たちが政権の座につけば、革命は戦争と並行して歩み始める。

欧州はアジアに学ぶべし

 アジアには今のところそれはない。変貌する中東について言えば、そこでは向こう数ヶ月の間に何が起きても不思議ではない。なぜなら、「固有の領土」というものは存在せず、かつて誰かのもとから奪われた何かが常にあるのだから。

見落としている人もいるかもしれないが、中南米もよく似た状況であり、アフリカは言うまでもない。けれども、そんなに遠くへ行くまでもなく1990年代には東欧のバルカン半島がずたずたになった。コソボだけではない。

ジブラルタルも然り。1713年のユトレヒト条約締結以来からイベリア半島のイギリス領だ。だから観光名所の岩山「ザ・ロック」で有名な当地の住民は、イギリスとEU(欧州連合)の市民という複雑なステータスを具えているが、そのEUは今まさに極めて不透明な段階を迎えている。

ひょっとして、欧州は、中国、日本、そして、ロシアに、領土問題を解決しない術を学ぶべきではあるまいか。

*筆者の意見が編集部の立場と一致するとは限りません。

http://ria.ru/analytics/20120705/692499458.html

「ロシア通信」抄訳