写真家ピョートル・ロビギン

写真提供:ピョートル・ロビギン

写真提供:ピョートル・ロビギン

首都から282キロのボルガ川沿いに位置するヤロスラブリ市に、一風変わった写真家、ピョートル・ロビギン(31)さんがいる。あり得ない組み合わせと、ロシアの明るい自然の美。これが彼の写真の特徴だ。陽光まぶしいリャザンの草原で、若きルイ・アームストロングがジャズを演奏している。ウラジーミル市近郊の生神女庇護聖堂(ネルリ河畔)のそばで、キリンがのんびり草を食む。ロシアの田舎の学校の教室で、北野武監督が授業を聴いている―。ロビギンさんに、写真の美学やロシアの独自性などについて、「ロシアNOW」が聞いた。

-自分の写真のスタイルをどう考えているか。

 「ソウル・キッチン」という独自の用語を使っています。「ソウル」は魂で、なぜ魂かといえば、私のどの写真も、魂の根源的な力によって創造されている、と自負しているからです。なぜ「キッチン」かというと、芸術は神秘的な営みである一方で、意識的に組み合わせるという面があって、主人公を選び、構図を決めるからですね。

 モンタージュはよく使います。実際に、ネルリ川の生神女庇護聖堂までキリンを連れて行った日には、私は破産してしまいますからね。想像力が現実の可能性を超えてしまった場合に、技術を活用しない手はありません。

 

-現実ではあり得ない組み合わせをよく作品にとり入れている理由は。

 何よりも、コントラストの美学を追求していることです。組み合わせが非現実的であるほど、写真は面白くなります。カフカス(*基本的にイスラム圏)の合唱団と正教会、エキゾチックな動物とヤロスラブリの自然といった組み合わせを、例えば、チベットの曼荼羅のように美しくまとめれば、魅惑的な世界ができます。

 あとはそれに主人公を付け加えるのです。誰かスターとか、まったく新しいタイプの人物で、文化遺産なんか鼻も引っかけないような人だとか。自分の「キッチン」でこんな組み合わせを創ると、対極にある物同士が見事に調和して、しばしば別個に存在するときより魅力が増すのです。

 


-「北野武監督その他の偉大な有名人」をモチーフに撮影するアイデアは、どのようにして生まれたか。

 撮影の予備用に、私の敬愛する北野武監督の顔写真を100枚ほどプリントしたときに、これをぜんぶ使って撮影したらどんな作品ができ上がるかなと、とても興味がわきました。ヤロスラブリの自分の母校で、授業中の15分間を撮影に使ってよいとの許可をもらえたので、顔写真のマスクを子供たちに配り、顔につけてもらって撮影しました。マスクのサイズは、人間の標準的な頭部に合わせた30×40センチでしたが、子供がつけたら奇妙な感じになりましたね。

プロフィール


名前:ピョートル・ロビギン
年齢:31歳
専門:写真家、監督、作家
出身地:ヤロスラブリ市

-あなたの写真では、ロシアはいつも明るく生き生きとして見える…。

 ロシアの田舎には、写真家をとりこにする要素があります。太陽、空気、水が私の写真の中心で、経済難も酔っ払いも出てきません。

 社会の“潰瘍”を撮る写真家は十分すぎるほどいます。もちろん、こういった問題を取り上げていくことは必要ですが、それだけにとらわれる必要もないわけです。

 

-「アジアとしてのロシア」をどう紹介していくべきか。

 ロシアが文化の合流点に位置するのは明らかです。今日、ロシアの伝統的な文化には、カフカスやアジアなどの多くの文化が融合しています。ロシアが完全なヨーロッパの国になることはほぼありえないし、それはむしろ良いことです。

 本来組み合わせることが不可能な、まったく異なる文化を融合させながら、独自性を国民が保つことは、称賛に値します。そういう国がとても好きです。こうした特徴は、グルジア、インド、ロシアなどで見ることができて、その多様さで周辺国を霞ませています。

 ロシアの国民性をどう紹介するかという点ですが、堂々とありのままを伝えるべきです。時には恥ずかしくなるほどの粗暴さと、他の多くの国では見られないような情の深さを兼ね備えています。 ロシア風の“安全”の観念と無鉄砲なロマンティシズム、優美さと田舎の素朴さ。このコントラストを大切にしていかなければなりません。これは我が国の強みなのですから。

 なぜ多くの外国人は、ロシアの生活が気に入るのでしょうか。生命が躍動しているからです。貧しいところもあるし、時に安全でないこともありますが、その代わり退屈する暇がないのです。