本物の味から衛生管理まで

和食料理人・中野真道氏 =PressPhoto
撮影

和食料理人・中野真道氏 =PressPhoto
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ロシアにおける寿司はもはやブームを超え、食事の一ジャンルとして定着した感がある。だが、日本の食文化はどれだけ理解されているだろうか。和食を勉強したロシア人調理師は何人いるだろうか。食に対する日本の考え方、衛生観念、調理方法など、「本物」を伝えようと広大な隣国を飛び回って講習を開く職人がいる。以前にモスクワの日本国大使公邸料理人を務めていた、中野真道氏( 39 )である。
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周りをぐるりと囲んだロシア人からの真剣な視線が集まるなか、和食料理人・中野真道(まさみち)氏( 39 )はてきぱきと作業を始める。昆布から出汁を取るところから丁寧に解説しながら、味噌汁をつくる。鶏肉に包丁を入れ、調味料・材料を一つ一つ見せながら加え、火を通し、出来上がったのは照り焼き丼だ。

新潟市内の調理師事専門学校で教師を務める中野氏はここ5年、極東を中心にロシア各地を訪れ、日本の食文化についての講習を続けている。

活動母体となるのは、自身がウラジオストク在住のロシア人と一緒に立ち上げた任意団体「全ロシア日本料理アカデミー」だ。主にロシアの外食業界関係者を会員に持ち、調理や衛生管理に関する日本の技術を教え込む。

 プロ向け以外にも、イベント類に呼ばれれば一般市民向けの料理紹介もやる。講師に招かれたセミナー類を含めると、ウラジオのほかハバロフスク、イルクーツクなどロシア国内7都市で計 14 回、日本料理を教えてきた。

実は中野氏は2002年から約3年半、モスクワの日本大使公邸の料理長として、エリツィン初代大統領ら各界の要人をもてなした経験を持つ。

モスクワ滞在中、すしを筆頭に和食がブームとなり、街に日本食レストランが次々と現れた。しかし、そこで出される料理の多くは、日本人から見て違和感があるのも事実だった。

氏は米どころ新潟で生まれ育ち、大阪の調理師専門学校を経て、高級料亭「吉兆」の本店で 10 年近く修行した料理人。大使館に来たのも、日本食の職人として腕を評価され、請われてのことだ。

赴任して知り合ったロシア人たちは人懐こく、ウマが合う。「彼らに、日 本の本物の食文化を知ってもらいたい」と強く感じるようになった。

契機は、モスクワからの帰任後に訪れた。郷里に腰を落ち着かせたころ、在ウラジオストク日本総領事館から、日本文化紹介イベントで和食について講習してほしいとの連絡が入ったのだ。2007年2月、市内で 80 人を前に講習したところ評判となり、各所から声がかかるようになった。2009年にはウラジオ国立経済サービス大学の特別客員教授にも就任した。

講習会場でいつも着ている白い調理服の左胸には、「シェフパティシエ専門学校」のロゴマークが入っている。新潟にある勤務先だ。

個人的な活動が認められるのも、職場の理解あってのこと。専門学校の上位組織である学校法人エイシンカレッジは、中野氏の活動に業務上の収益性を求めず、将来につながる国際交流の実績づくりとしてむしろ支援している。

今年は8月上旬に、またウラジオで講習を開く計画だ。ロシア国内で 15 回目。何度も顔を合わせ、「ナカノセンセイ」と慕ってくる教え子も増えてきた。前述の「アカデミー」を発足したのは、組織的にノウハウを蓄積し、 30 回、 50 回と続けられる体制をつくる狙いが大きい。「一過性のイベントで終わらないよう、この団体を発展させていきます」と、中野氏は力強く語った。