「戸泉米子の愛した街」展

戸泉米子さんは元浦潮本願寺の所 =タス通信撮影

戸泉米子さんは元浦潮本願寺の所 =タス通信撮影

ウラジオストク旧日本人街在住者の遺品を公開

「戸泉米子の愛した街」展が極東連邦大学教育科学博物館で開催された。

戸泉さんは、1921年に沿海州の州都ウラジオストクの旧日本人街に移住し、そこで学位を取得し、結婚した。日本に引き揚げた後もこの街の魅力が忘れられず、ひんぱんに行き来したという戸泉さんにとって、ウラジオストクはいわば二つ目の故郷だ。

展覧会では、戸泉さん個人のアルバムに残っている写真や、2002年に同博物館に寄贈された着物が出展され、中には1930年代に日本総領事館に行った際に着用したものもあった。また、日本や日本人と関係の深いウラジオストク市内各所の古い写真も展示された。

戸泉さんは97年の生涯を閉じるまで、多くのことを成し遂げ、ウラジオストク市と日本の交流の発展に多大に貢献した。

1937年に撤去された浦潮本願寺の跡地に記念碑を建設するという構想を1996年に思いつき、日本やウラジオストク市の行政や社会団体から支援を受けながら、実現に向けて努力を続け、2000年11月3日に建築家G.シャログラゾフ氏設計による記念碑が除幕された。実現までに4年を要した。

戸泉さんは、日本政府から自身の功績に対する賞を受賞している。大好きな街であるウラジオストク市に関する著書「リラの花と戦争」を日本語で出版し、「ウラジオストク市と日本の関係発展を続けてほしい」という遺言を残している。

 

極東連邦大学の博物館のアーカイブ:浦潮本願寺、1935年(下)、浦潮本願寺の記念碑、2005年(上)