政治集会、参加か不参加か

2月4日に予定されている政治集会に、モスクワ市民は参加するだろうか。「ロシアNOW」の記者が街頭インタビューを行った。

ソーニャ、16歳 =ドミトリー・ザイカ撮影

ソーニャ、16歳

 私は学校の生徒だけど、これまでの集会には行かなかった。あの日、どの学校でも予定外のロシア語と数学の試験があったので、両親も私に「来ないで」と言ったの(両親は集会に行ったけれど)。でも私たちのギムナジウム(学校)の先生たちは卒業生に、「自分を自国の市民だと思う者なら、集会に来るべきだ」と書いて送ったみたい。

 友人の多くは集会に行き、周りにいるのが教養人や文化人ばかりで、わめき散らす者がいなかったことに驚いていた。だから彼らは4日も行くと思うわ。もしあの日、両親に言われなかったら、たぶん私も行ったと思う。2月4日のことは、まだはっきりとはわからない。

 

イリーナ、27歳

 私は中流階級だと思う。友人たちのほとんどは広場に行ったけど、私は行かなかった。4日の集会も行かないつもり。でも遠くから様子を見守る。私は情報プロセスの勉強をしているので、私たちの社会の情報戦争が理解できる。ボロトナヤ広場とサハロフ大通りの集会は、首都モスクワに自分たちの市民としての立場を表明できる知識人たちがいることを示したと思う。私は、私が広場に出て行くことが、一番重要な局面になる瞬間が来るのを待っているの。

 

匿名希望、スヴォーロフ士官学校生

 これまでの集会には行かなかったし、行くつもりもなかった。集会に参加した人たちにとっては重要なことだったようだ。私には、これは何の結果ももたらさないし、試してみる価値もないように思われる。

 

タカシ、21歳

 私の名前はキョウドウ・タカシ。21歳です。モスクワでは研修生として、ロシア語の勉強をしている。やってきて4ヶ月になる。12月から1月初めにかけて、私自身はヨーロッパに行っていて、詳しいことは聞いていない。だがロシア人の友人は何人かデモに参加したみたいだ。私も集会に行くように誘われた。でも私たち日本人は、「集会は危険だし、参加する必要はない」と前もって大使館から注意を受けていたので、参加を断った。日本と違って、ここの友人たちは本当に政治に強い関心をもっているように思われた。日本でもデモはあるが、こんな規模のものはない。日本での政治への関心は、ある意味でまがいものだと急に感じた。ありがとう。 

 

アレクサンドル、24歳

 私の名前はアレクサンドル・ウラジーミロヴィチ・クチェレンコ。中佐の息子だ。私は、言うなれば不幸にも、仲間らと、つまり別の将校らやその家族らと一緒に、こうした行動に参加しなければならなかった。自分らで集会や集団ピケを組織した。今は単独ピケを張っているが、これももう初めてのことじゃない。それに私たちは昨日、ハンスト宣言をした。vkontakte.ru やフェイスブックなど、いろんなソーシャル・ネットワーク・サービスを使って仲間たちと情報交換をし、いろいろな行動や社会行事のニュースを交換している。「公正な選挙を」という2月4日のデモには行かなければ、と思うし、行くように努力する。もちろん、それは状況が許せば、の話で、その日にいつものハンストに私が参加しなかったら、だが。

 

ジーナ、33歳

 私の名前はジーナ。モスクワの食料品店で働いている。これまでの集会には行かなかったし、たぶん今度も参加しない。いつも何か困った問題がある。いつでもそう。5年前も困難があったし、今も困難なことがある。すべてを一挙に変えることはできないと思う。私だけの考えでは不十分だもの。 

 

アルチョム、28歳

 私の名前はアルチョム、年齢は28。PRの仕事で、広告代理店勤務。集会には行かなかったけど、ひとつ言わせてもらえば、集会は何の役にも立たない。友人たちは行ったけれど、期待した効果は得られなかったようだ。 

 

マルセル、35歳

 私は最初の、つまり12月10日の集会に行った。公正で自由な選挙を求める集会だ。初めてだったので、どんなふうに行われるのかを見るのが面白かった。私は、みんなが、あとでメインのデモ行進に加は! わるために集まっていた革命広場にいた。フランス人の私には、ロシア人が平穏な運動に集まってくる様子を見るのが面白かった。しかもすべて順調に行われた。私は運動を積極的に支持している。つぎの集会にも行くつもりだ。

 

ポリーナ、23歳

 私の名前はポリーナ、23歳です。仕事はジャーナリスト。12月10日の最初の集会は、編集部の仕事としてではなく、自分から進んで出かけた。参加したのは、私は「統一ロシア」に投票しなかったし、選挙結果が理解できないから。私はジャーナリストなので、こんな行事には行かないわけにはいかない。モスクワもこの国も、何によって生きているのか知るために行った。とくに面白かったのは、政治ジャーナリズムにも人権擁護にも何の関係もない友人が多数参加していたこと。それは、4年前にはみなもっと若かったけれど、今では多くが自活を始め、独自の考え方ができるようになったことと関係があると思う。人々が状況に評価を下し始めた。それは私と同年代の人たちだけど、集会には、もっと年上の、私の両親たちが友人たちと一緒に参加していた。2月4日の集会にも、私は行くつもりよ。