ロシアにおける映画『ノルウェイの森』

『ノルウェイの森』=www.kinopoisk.ru撮影

『ノルウェイの森』=www.kinopoisk.ru撮影

『ノルウェイの森』の映画がロシアで公開されてちょうど1年が過ぎた。愛読書の雰囲気を再び味わいたいと期待していた人たちは、 日本と同様に、失望した。 ストーリーのパズルが乱れて多くの重要な筋が噛み合っていない、というのが主な言い分だ。そのため「トータルな視点がずれている」 …。

しかし、1970年代から現在にいたるまで、ロシアでは、ムラカミの読者の平均年齢は常に30歳前後だった。彼らの多くは一度も日本を訪れたことがなく、1960年代を生きてもいないのに、一体どんなノスタルジーがあり得るのだろう?(この作品の基底に或るノスタルジーがあるのは確かなことだ)。郷愁があるとすれば、それは何に対する郷愁か?

もしかすると、この小説は、二度と帰らぬ過去というものへの愛惜の念ではないか?しかし、そうだとしたら、この本を映画化することは、そもそも誤りではないのか? 愛惜の念を愛惜させようとするとは、矛盾した試みではないか? 

だが、小説からは独立した作品として、映画を観ようとした人たちもいる。そういう場合にのみ、映画から満足を得ることができる。そして、「作者はどこ?」という問いにも答えることができる。 次の一観客のように。「緑とワタナベがバーにいて、ムラカミさんそっくりのバーテンダーが接客しています。もしかすると彼は、バーを経営していた青春時代を想い出すことにして、冗談でカウンターに立ったのではないでしょうか?」

ロシアにおけるムラカミの本の批評はすべて、手短に粗筋を伝える試みから始まっている。ところが、早くも数行後には筆者たちはこう言う。「でも再話はうまくいかないので、ご自身で読まれたほうがよい」。

ムラカミの魅力を語ろうとすると、作品そのものに必ず投げ返される。ロシアのファンにとっても、あのワンダーランドの謎は作品にしか秘められていないのだ。


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