ロシアより歌をこめて

 前書き

 ロシア人には親日家が多い。日本文化をロシアで再現しようと試みる人も少なくない。

 大衆音楽も例外ではない。日本をあまり知らないロシア人でも、J-RockやJ-Popという名前は聞いたことがある。そうした日本の音楽を、ロシアで創作している人たちがいる。

 本紙は、日本語で歌う二人のロシア人歌手にインタビューを行った。日本文化をどのようにして知ったのか、今後の活動予定などについて話してくれた。 

  エーリャ・チャーヴェス

エーリャ・チャーヴェス

エーリャ・チャーヴェス

 生年月日: 1984年07月31日

 血液型: A型

 趣味:ファッションデザイン、ローラースケート、旅行

 好きな作家:ジェイムズ・ヘリオット、ジェラルド・ダレル、トーベ・ヤンソン

 好きな映画:バトル・ロワイアル、シャーロック・ホームズ、ラブ・アクチュアリー

 好きなアーティスト:浜崎あゆみ、箕島マサヨシ、Phil Collins, Pet Shop Boys

 ホームページ:http://www.elyachavez.com/

 

日本文化への傾倒は、どのようにして始まったのですか。

 

 子供の頃、本棚をいじっていたら、松尾芭蕉集を見つけたんです。数行読んでびっくりしました。たった数文字で風光明媚さを伝えられるとはすごいと思いました。

 10~15年前に、初めてモダンなJ-popというかJ-rockを聴いたんですが、自分はこれが好きだと感じました。伝統、しきたりへの尊敬の念、厳しい上下関係などと、華やかな現代性の融合。このすべてが私に大きな印象を与えました。


子供で、しかもロシア人の意識としては、松尾芭蕉は難しくなかったですか。

 

 とりあえず自分的には難しくはありませんでした。こういうのは、どのぐらい豊かな思考ができるかによるのではないでしょうか。特に難しい状況を伝えているわけでもなく、素朴なものの優美さを語っているわけですから。シェークスピアを読むのは時に難しいし、学校で習うドストエフスキーは、ロシア人の子供の感性にはもっと難しいものです。


言語を学ぶことと、その言語で詩を書くことはまったく違いますよね。何が刺激になったのですか。どこで日本語を学んだのですか。

 

 モスクワで、日本語をよく知っている友だちに手伝ってもらいました。日本語はとても難しいので、何年も学ばないとダメだというのが私の考えです。

 日本語は歌のメロディーをより正確に伝えられる言語であると思います。

 私にはたくさんの日本人の友だちがいて、正しい表現を見つける手伝いをしてくれます。みんな優しく教えてくれます。


日本文化の何があなたにインスピレーションを与えるのですか。好きな日本人歌手は。

 

 日本文化の多面性ですね。しきたりへの尊敬の念と、新しさへの力強い発展性が自分に近いです。日本人の歌手を見ると、強いエネルギーが伝わってくるのがわかります。堂々とした考え方と、それを表現したい気持ちを持っている人たちに、際立った雰囲気です。 

 インスピレーションは浜崎あゆみさんから受けています。深みのある方だと思います。あとは箕島マサヨシさん。Bad AppleのクールなPVを見たのが始まりでした。日本人のアーティストは優れたエレクトロニカを生みだしていることがわかりました。

 

ご自身のスタイルについてお話ください。

 

 Briteというスタイルです。あるコンサートの終演後に、一人のアメリカ人がいろいろな褒め言葉をくれたのですが、そのうちのひとつがbright(輝いている)でした。それでbriteに変えました。

 一番目の特徴は、音楽の構成です。J-popとJ-rockから影響を受けたのですが、ロシアには同様のものがなかったので、自分で新しく作りだすことにしました。二番目の特徴は、感情の発信です。聴衆にさまざまな感情の強弱を感じてほしいです。

 ロシア語と日本語、どちらでも歌えることが重要ですね。

日本でライブは行いましたか。

 

 2010年の夏にモスクワ市周辺で森林火災が続いて、市内にいるのが大変でしたよね。その時に釜山にいる韓国人の友人が、自分の街に招待してくれたんです。そして、そのことを知った日本人のファンが、今度は日本に私を招待してくれました。

 成田空港では女の子たちが出迎えてくれました。学校のホールでライブができるよう、準備をしてくれていました。大喜びで持ち歌を歌いました。もちろんロシア語の歌も。至福の時間を数時間過ごしました。 


ロシア人のファンは、あなたの日本語の歌に対して、どんな反応を見せていますか。ファンの多くは日本語を知っている人たちですか。日本人ファンは多いですか。

 

 受け入れてもらえています。ですが、ロシア語以外の言語の歌の良さがあまりわからない人たちもいると感じます。

 ロシアのファンの多くが日本語を知っているとは言えません。日本にもファンがいますが、ロシアに比べたら数十分の一ぐらいの人数でしょうか。

 私の目的は、ロシアの文化を日本の人たちに理解してもらうことです。今の状態は十分とは言えませんので。ロシアでは、日本文化が愛され、尊敬されていますが、日本人は誰もそのことを知りません。この障壁を崩さなければなりませんが、多分それは日本のレコード会社の役目になるのでしょう。


 ライブ:後書き

今後の計画について教えてください(特に日本のステージなど)。

 

 計画は単純なものです。日本人以外のJ-rockまたはJ-popのアーティストの中で、一番になることです。 

 

  パーシャ・スター 

パーシャ・スター

パーシャ・スター

生年月日: 1987年08月03日

血液型: 0型

趣味: 音楽、語学、さまざまな国の神話を読むこと、フィットネス

好きな作家: 江戸川乱歩、ミハイル・ブルガーコフ、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト

好きな映画: はだしのゲン 、乱、八月の狂詩曲、モスクワは涙を信じない、リング、Flowers in the attik

好きなアーティスト: 宇多田ヒカル、サザンオールスターズ、オリガ、中島みゆき、尾崎豊、ケツメイシ、、椎名 林檎、 Depeche Mode, Visage, Sandra, Queen, Erasure, Hurts

ホームページ:

 http://www.pashastar.jp/

 

日本文化への傾倒は、どのようにして始まったのですか。 

 モスクワ州クラスノアルメイスク市に住んでいたのですが、大した娯楽もなくて、誰が何に興味持ってるかなど、皆が知っていました。閉鎖的な社会で、皆が似たり寄ったりだったため、自分は違うことをやりたいという内に秘めた希望みたいなものがあり、それがこういう形で日本の現代文化を学ばせたのだと思います。子供の頃は、戦闘モノのアニメや映画など、日本に関するテレビ放送があると、欠かさずに飛びついていました。その後、街にようやく空手道場ができて、通うことになりました。すべてが勢いよく進んでいった感じですね。

子供時代に見た、どのアニメが一番心に残っていますか。   

 「はだしのゲン」です。すごく衝撃的でした。生まれて初めて人の死をアニメで見ました。


子供で、しかもロシア人の意識としては、このアニメは難しくなかったですか。 

 ショックでした、本当に。一番よく覚えているのは、原爆が街に投下された時、ゲンは同級生の女の子と話をしていたのですが、数秒後にその子がばらばらになったことです。あとゲンの家族が家で焼けてしまった場面です。成長してからまた映画を見たのですが、今のハリウッドの技法は、「はだしのゲン」ですでに使われていたということがわかりました。


言語を学ぶことと、その言語で詩を書くことはまったく違いますよね。何が刺激になったのですか。どこで日本語を学んだのですか。 

 モスクワ外国語大学で日本語を学び、その後東京で1年学びました。1年でこれ以上無理というぐらい学び尽くしました。生活と仕事にどっぷりつかっていましたね。日本語で詩を書くのは難しいことです。自分がロシア人であることを、完全に捨象しなければならないからです。自分にとって美しいと感じるものが、日本人にとっては奇異なものや不適切なものになるかもしれません。日本人の友だちから、そんな表現は日本語にない、と言われることもあります。何度も詩を書きなおしては、違う次元での表現の仕方を考えていく、という作業です。

日本文化の何があなたにインスピレーションを与えるのですか。好きな日本人歌手は。 

  すべてにおいて、ねばり強さにはとにかく驚かされます。「ロケットとロボットは、昔は夢でしかなかったけど、現実になった」という歌詞が僕の歌にあるのですが、それは正に日本のことなんです。思ったことや夢が現実に変わるというのは、本当に僕のインスピレーションになっています。好きな歌手は宇多田ヒカルさんです。多面的な才能と、新たなスタイルに挑戦する勇気がとても好きです。あとは中島みゆきさんですね。僕らの中に少なからずあるような男性的な感覚を、歌詞にして歌っているところです。


ご自身のスタイルについてお話ください。 

 僕らのスタイルは、エレクトロポップと80年代のダンスミュージックです。 

 世界中のステージで、この時代の音楽が大きくカムバックしてきています。たくさんの歌手が丸ごとそれをとり入れます。例えばレディー・ガガなどでしょうか。僕らがやっているのは、その時代の文化の要素を用いて、より現代的にアレンジしたものです。 

日本でライブは行いましたか。 

 「森田一義アワー 笑っていいとも!」に出演し、中島みゆきさんの「地上の星」を歌ったことがあります。渋谷のクラブでライブを数回やったこともあります。

 タモリさんに「一緒にカラオケに行きたい」って言われたのは想定外でしたね(笑)。


ロシア人のファンは、あなたの日本語の歌に対して、どんな反応を見せていますか。ファンの多くは日本語を知っている人たちですか。日本人ファンは多いですか。 

 

 大方の反応は好意的なものです。でもそれは、主に僕の友だちのものですから、実際にどうなのかはよくわかりません。友だちのほとんどが日本語を知っていて、僕以上のレベルの人などもいますし。批判的な反応は今のところありませんが、ただ、友だちだから支持してくれているというのではなく、すべてが正直な感想だと信じたいですね。

 まだ活動を始めたばかりなので、日本人ファンがどのぐらいいるかはわかりません。いつか現れてくれればいいなと思っています。僕の歌を聞いて、応援するって言ってくれる人はいます。


Dance!Dance!Dance!

今後の計画について教えてください(特に日本のステージなど)。

 

 きちんと認知されるアーティストになって、J-pop界に自分の音楽を持ち込みたいです。自分の歌、歌詞、音を最高に良いものにして、他の歌手よりも一歩前に進んだ存在になりたいですね。