猿谷徹氏
ロシアとの出会いとカルチャーショック
2006年7月、当時トロントに駐在していた私に、予期せぬ異動内示が届いた。それは、「モスクワに、ロシア販売現地法人を設立してほしい」とのことだった。私は耳を疑った。ロシアなど行ったこともないし、ましてやロシア語など知る由もない。それでも一度辞令が出てしまえば、黙ってどこへでも行く!(典型的な日本人ビジネスマン?)
同年8月、初めてモスクワ近郊のシェレメチボ空港に降り立った時、なぜか懐かしい雰囲気に驚いた。そうだ! 20 年程前フランクフルトから日本へ帰る際に、トランジットで立ち寄った空港だった。当時と違うのは、自動小銃を持ったソ連軍兵士がいないだけで、他は何も変わっていないように見えた。出入国審査では、どんなにたくさんの人が待っていようとも、やる気のない出入国審査官のだらだら仕事にあきれ、到着ゲートを出てまた驚いた。浮浪者風の身なりの男たちが、「タクシー!タクシー!」とつぎつぎに声をかけてくる。英語も全く通じない!空港からモスクワ市内までは大渋滞!ロシアと言えばヨーロッパを代表する芸術文化の国のはずだろう!
4年後、この空港は最新鋭の国際空港に生まれ変わった。市内への道路も拡張整備され渋滞も緩和された。私自身も仕事を通してロシアをより深く知る中で、この怒りにも似たロシアに対する印象も大きく変わった。
さて、会社の立ち上げで最初に苦労したことは、ソ連時代から継承されている不明瞭な法規制・税務制度やビジネス慣習の異質性を理解することだ。ここでは、先進諸国の常識・ルールは通用しない。特に、何かにつけ契約書や証明書の添付が必要となる文書主義の税務制度との戦いが、実務上の最初のハードルだ。たとえば、事務用品の鉛筆1本買う場合、日本では近くの文房具店で現金で買い、領収書をもらえば処理できる。しかしここでは、その文房具店と契約書を締結し、銀行振り込みで、支払いをして初めて、鉛筆1本が会社の経費として認められる。一事が万事この調子だから、些細な物事を進めることにも時間がかかる。会社の経理部門は契約書や証明書等の文書の山になる。私は、山のような文書へのサインに追われ、いい加減にしろよ!と叫びたくなるのだ。
(つづく:次回はロシア人の異質性)
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