ウクライナに訪れたアラブの春

画像提供:K.Maler

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ウクライナの革命は現実になった。政府と大統領は力ずくで政権の座から引きずり降ろされた。次なる疑問は、はたしてウクライナの将来はどうなってしまうのかということ。アラブ諸国の革命を分析することで、一定の答えを得ることができるのではないだろうか。

 今回キエフで発生した騒乱とアラブの春には共通点がある。エジプトとチュニジアでは、ウクライナと同様、汚職、権利の侵害、低い生活水準への不満をうったえるため、一般市民が通りに集結したことから始まった。

 キエフの独立広場では活動家がデモ隊に指示書を配布していたが、これはカイロのタハリール広場でも行われていた。これは国際的な陰謀などではなく、反ヤヌコビッチ派がアラブの成功例を注意深く研究しての行動にすぎない。

 そしてこちらでもあちらでも、革命は反政府派の過激化、社会全体の極性化を生んだ。エジプトとチュニジアでは社会がイスラム教主義派と世俗国家派にわかれ、ウクライナでは南東部の親ロシア派と西部の民族主義派にわかれた。

 これらすべては、非常に困難な経済状況を背景として起こったし、起こっている。ウクライナはエジプトと同様、デフォルト寸前にある。

 ウクライナ情勢から予期すべきものとはなんだろうか。ロシア連邦外務省はなぜ、過激派がウクライナ政権を奪取すると警告し続けているのだろうか。

 チュニジアでもエジプトでも革命の結果、それまで過激派と考えられてきたイスラム主義者が政権についた。それまでの政権を転覆させた際、彼らは唯一の組織化された勢力であったため、政権の空白をうめることができた。同様のことがウクライナでも起こっている。現在の体系化された野党(ヤツェニュク氏ら)は、国民から絶対的な支持を受けているわけではない。既存のどの野党も「ウクライナ化」をかかげ、強固に団結し、武装化している過激派の民族主義者ばかりだ。

 性急すぎる選挙で民族主義者がウクライナ政権につく可能性がある。その後はどうなるのか。

 チュニジアとエジプトで明らかになったのは、イスラム主義者は政権につくことができるし、全体的なイスラム化をはかることもできるが、経済問題を中心とした国内の重要な問題を解決することはできない(外国からの多額の資金援助があっても)ということ。一般市民はイスラム化こそすれ、仕事も社会保障(国際通貨基金の債権者を喜ばせるために社会保障をないがしろにしている)もない実態に憤り、再び通りで集結してしまった。政権についたムスリム同胞団は他の政治勢力と意見の一致をはかろうとせず、すべてにおいて自分たちの条件を押しつけ、憲法を書き、あらゆる場所で自分たちの人間を任命しようとしたため、分裂した社会に再び安定をもたらすことはできないということがわかった。

 エジプトでは軍事クーデター、衝突、テロ、今後何年も続きそうな新たな混乱に発展した。チュニジアではイスラム主義者の政治が緊張の激化、政治的殺人、無秩序、不安定を引き起こしており、彼らが政権を去るのも時間の問題になりつつある。

 チュニジアとエジプトでは事実上、すべて一からやりなおしになる。憲法改正、新たな指導者探し、国の平和の再現を、持続的な生活水準の低下および経済悪化を背景に行わなければならない。

 リビアのことも忘れてはならない。西側諸国の積極的な支援を受けての政権交代が、無政府状態と国の事実上の崩壊を招いた。

 ウクライナには多額の資金的援助、欧州連合(EU)との「連合協定」の署名、政治的支援が約束されているが、これは経済不況回避の保証ではない。ロシアとの関係が寸断される可能性が高いことから、不況のリスクは高まるばかりだ。経済問題にロシア語の弾圧と全体的なウクライナ化(すでに兆しはある)が加わった場合、キエフの騒乱を強く警戒していたウクライナ東部がどのような動きにでるかわからない。

 アラブの春との類似性は、専門家やジャーナリストだけでなく、ロシア政府も認識している。ロシア上院(連邦会議)国際委員会のミハイル・マルゲロフ委員長は、これについて明言した。そして最近の声明から察するに、このような悲観的シナリオを警戒しているのが、ロシア連邦外務省なのだ。

 

*ニコライ・スルコフ、モスクワ国立国際関係大学東洋学部助教授

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