ソチに続く東京

第2回日本・ロシアフォーラムの枠内で、両国のオリンピック委員会とスポーツ連盟が会合を行い、ソチ冬季五輪の成果を総括するとともに、そこでの経験を2020年東京五輪で活用する方法について話し合った。
鈴木明子氏は、エウゲニー・プルシェンコの日本での超人気ぶりについて物語った。「エフゲニーの活動は両国にとってとても重要で、架け橋になっている。私も、同じく架け橋になり、2020年の東京五輪に応分の貢献をしたい」=スタニスラーブ・ザレーソフ撮影
鈴木明子氏は、エウゲニー・プルシェンコの日本での超人気ぶりについて物語った。「エフゲニーの活動は両国にとってとても重要で、架け橋になっている。私も、同じく架け橋になり、2020年の東京五輪に応分の貢献をしたい」=スタニスラーブ・ザレーソフ撮影

東京で活かせるソチの経験 

 会合の初めにまずロシア・オリンピック委員会のアレクサンドル・ジューコフ委員長が演説し、露日両国にとっては、政治、経済、文化だけでなく、スポーツの分野でも協力することが極めて重要だと強調した。

 「日本人は、大規模スポーツ・イベントの開催で他国から経験を借りる必要はないだろう――それは東京、札幌、長野の各五輪の成果で示されている」。こうジューコフ委員長は述べた。

 委員長はその演説のなかで、五輪が政治的にも経済的にも大イベントであることを指摘するとともに、そこでの最重要な要素の一つは、インフラと競技場の身障者への「優しさ」だと述べた。

 「ソチ五輪はロシアにボランティア運動を創り出した。全国から約8万人のボランティアたちが集まり、見事に課題を遂行し、しかも、すべての人たちが我が家にいるようなユニークな雰囲気を醸し出すことができた。2020年の東京五輪でも、この点は大切な課題になるだろう」

 2020年の東京五輪とパラリンピックの組織委員会・副事務総長である布村幸彦氏も、そのことを認め、ソチの経験が活用されるだろうと述べた。また布村氏は、ソチのボランティアのユニフォームが大変鮮やかで、五輪の一つのシンボルになっていた点を指摘した。「私自身も、あの水色のリュックサックを買い求め、東京に持って帰った」

 

安全対策 

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ソチの噂と事実

 ソチ五輪での最優先解題の一つは、言うまでもなく、安全面の確保だった。ジューコフ委員長は、大会前には、大量の警官および治安関係者が五輪のイメージを帳消しにするのでは、と多くの人が懸念していた点に触れた。「結局、完璧な治安対策がなされ、しかも、その担当者たちはほとんど目立たなかった」と、ジューコフ委員長は振り返った。

 また委員長は、いかに「競技会」を本物の「祭典」になし得たか、その“こつ”を次のように要約した。「ソチ五輪は何よりも、スポーツ選手のために開催された。そのことに世界中が気付いてくれた」

 元モーグル選手で五輪で5大会連続入賞を果たした上村愛子氏は、ジューコフ委員長に賛意を表しつつ、ソチでは自分の国にいるようにくつろげたと語った。「このことが特に快適に感じられた。選手は、競技ではすごく緊張するものだから」

 上村氏はまた、細部にいたるまで配慮が行き届いていたことを強調し、トレーニング環境の良好さも指摘した。「これは細かいことかもしれないが、選手にとっては、ちゃんと休める空間があって、普段のリズムで生活できることが大事。ソチでは、どの施設にも20分で行けたので、トレーニングに余計時間をとれた」。上村氏はこう付け加えた。

 「ロシア選手も日本へは自分の国に行くような気分だ」。ロシア・フィギュアスケート連盟のワレンチン・ピセーエフ会長はこう述べた。「日本にはロシアと同じくらいたくさんのファンがいるし、一度でも日本に行った選手にはファンができる」

 ピセーエフ会長は両国の連盟の友好関係が既に長年続いており、ソ連、ロシアのコーチたち、スタニスラフ・ジューク、ヴィクトル・ルイシキン、タチアナ・タラソワ、ニコライ・モロゾフらが、様々な大会に向けて日本選手たちを直接指導してきたことを指摘した。「両国のフィギュアスケート界の関係は最高に友好的だ。過去もそうだったし、現在もそうだ。将来もまたそうであり続けることを確信している」

 

スポーツでの協力関係の一里塚 

 露日両国のスポーツでの協力関係で、最も重要な里程標となったのが、2011年にモスクワで急遽開催されたフィギュアスケートの世界選手権。日本開催の予定だったが、東日本大震災で、辞退せざるを得なくなった。2013年の全日本チャンピオンである鈴木明子氏は、困難な状況でロシア側が申し出た援助に対し謝意を表した。このときロシア側は、開催準備をわずか3週間で完了した。

 また鈴木氏は、エウゲニー・プルシェンコの日本での超人気ぶりについて物語った。「エフゲニーの活動は両国にとってとても重要で、架け橋になっている。私も、同じく架け橋になり、2020年の東京五輪に応分の貢献をしたい」

 布村幸彦氏は、東京五輪の開催準備では、ソチと同様に「選手が第一」が基本原則になると述べ、組織運営者が、選手たちが存分に実力を発揮できるようにあらゆる条件を整えることを約束した。「我々は選手の声に耳を傾け、彼らの希望通りの五輪にしたい」

 因みに、2020年の東京五輪は、史上最も“コンパクトな”ものの一つになるはずだ。関連施設33のうち28が、半径8キロ以内におさまっており、選手の移動が最適化される。

 「6年後の2020年7月24日に、東京五輪開会式が行われる。日本は今、この日に向けての準備に総力を結集しており、露日両国の協力関係の環の一つ一つが、成功への力になるだろう」。布村氏はこう結んだ。

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