ロシアの丸パン

Lori/Legion Media撮影

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 ロシアにおいて古くから、パンは豊穣と富の象徴であった。しかしそれに加え、丸パンは太陽を想起させるその円形から、特別な役割を演じてきた。

1. 結婚 

 婚礼の際に丸パンを焼くという伝統は、我々の時代まで続いている。中世ロシアでは、丸パンを焼くことは、幸せな結婚をして従順な子供たちをもうけた、既婚の女性にのみ許されていた。スラヴ人たちは、女性は丸パンを通して、その幸せの一部を新郎新婦に分け与えることができると信じていた。一方、窯で丸パンを焼くことは、妻帯した男性によってなされなければならなかった。

 丸パンのサイズが大きければ大きいほど、新しい家庭にはより大きな幸せが訪れるとされる。そのため、あまり大きな丸パンを焼こうとして、竈から取り出せず、竈をこわさねばならないほどであった。儀礼のパンは、噛んだり割ったりして食べるものではなく、三度口づけをするためだけのものだった。婚礼の宴ではじめてこのパンを切るのだが、その際、子供がナイフで切らなければならなかった。

2. 新築祝い 

 新築祝いの際にも、非常に大きな丸パンが焼かれた。何しろお祝いには家族すべてが集まり、親類縁者や友人たちがやってくるのだから、驚くべきことでもない。伝統に則って、一家の主が粉をこね、妻がパンを焼いた。お祝いの食卓の中心には、丸パンが据えられていた。おもてなしはすべての宴席の参加者に十分に行き渡らなければならず、その際にはいくつかのパン切れを家のあちこちに隠した。これは、家を災厄から守るためのものだった。

3. 埋葬 

 丸パンは人生の最後にも人間に寄り添っていた。埋葬の前には丸パンが焼かれ、葬儀の時には棺の蓋の上に置かれた。埋葬の後には、丸パンは追善のもてなしの役目を負い、故人とのお別れのために訪れた人々に分け与えられた。興味深いことに、埋葬のための丸パンは婚礼のそれと全く違わず、結婚前の若者の埋葬の時にも、母なる大地と死者を結びつけるという意味において、婚礼におけるそれと同じように行われた。

4. 手ぬぐいと丸パン 

 客をもてなす丸パンは、必ず手ぬぐいに包まれて供された。新婚夫婦のための丸パンは手ぬぐいの赤い端の部分に置かれ、白い中心の部分はたるませてあった。通常丸パンは母がその場へ持ち込み、父は若者たちを祝福するイコンを持っていた。手ぬぐいの柄は聖なる意味をもったもので、そこには先祖とその人々との関係を思い起こさせる意味があった。

5. いやがらせをする最後のチャンス 

 もともと、丸パンは飾り付けされるものではなかった。飾り付けが許されたとしても、簡素な飾りがなされるだけだった。のちの丸パンは手の込んだオーナメントや、キリスト教以前のロシアで神秘的な性質をもつとされていたカリーナの小枝で飾り付けられていた。木の実や小枝は愛と幸福を象徴するものであった。必ずというわけではないが、丸パンの上には塩入れが置かれた。婚礼の丸パンの場合には、たいていこの塩入れは置かれなかったが、そのかわり、お客を迎えるための「パンと塩」では、これは付きものだった。この塩入れにこめられた象徴的意味は、このようなものだった。

 この丸パンを献じられる人は、その家の主人たちにいやがらせをする最後のチャンスが与えられたということになる(*ロシア語の「ナソリーチ」は、「塩を振りかける」と「いやがらせをする」という二つの意味がある)。新郎新婦の場合なら、お互いに嫌がらせをすることができる。その嫌がらせのあとは、どうぞ礼儀正しく、やさしくしてくださいな、というわけだ。

元記事(露語)

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