古代ルーシ(ロシア)は、ウラジーミル大公が988年にキリスト教を受け入れる以前は、冬至を新年の始まりとみなしていた。

しかし、ビザンチンからキリスト教とともに宇宙開闢紀元とユリウス暦(ユリウス・カエサルが制定した太陽暦の一種)が入ってきてからは、3月1日を新年として祝うようになった。

ちなみに、宇宙開闢紀元では、旧約聖書にしたがって、天地創造を西暦紀元前5508年としている。

イワン3世、正月を3月1日から9月1日に 

1492年―天地創造暦によると、天地創造からちょうど7000年目だが―、モスクワ公国のツァーリ、イワン三世は、新年を3月1日から9月1日に移した。これにより、新年と収穫祭と納税の期限がひとつにまとめられた。

こうして、同年の9月1日(グレゴリオ暦で10日)に、最初の新年を迎えたわけだ。

ピョートルの暦法改正 

この9月1日の正月は、200年以上も、ピョートル大帝時代の1700年まで続いた。欧化政策を推し進めた彼は、暦法も改正し、1699年に「新暦法」の布告を出した。それにより、紀元7208年(天地創造から7208年)12月31日の翌日を、1700年1月1日とし、合わせてこの日を新年と定めた。

この大晦日の夜、首都のすべての教会ではミサが行われ、教会その他の公共施設はモミの木で飾られた。以来これが伝統となった。

こうして1月1日が新年となったわけだが、ユリウス暦は依然として使い続けたので、西欧のグレゴリオ暦より、18世紀で11日、19世紀で12日、20世紀で13日と、1世紀につき約1日遅れていくことになった。

革命後グレゴリオ暦に移行 

ロシア革命の翌年の1918年に、ソビエト政権は、グレゴリオ暦への移行を決め、1918年1月31日の翌日を2月14日とした。

以来ロシアは、他の多くの国と同じく、グレゴリを暦の1月1日を正月としているが、旧暦(ユリウス暦)の新年も「旧正月」と呼んでお祝いをする。