偏見か陰謀か、はたまた現実か

在アメリカ23年の俳優、イゴーリ・ジジキンさんは、ハリウッドで長年働いていた =Press Photo撮影

在アメリカ23年の俳優、イゴーリ・ジジキンさんは、ハリウッドで長年働いていた =Press Photo撮影

最近ロシアはハリウッド映画の大市場になったにも関わらず、映画で描かれるロシアは時にあまりにも現実とかけ離れていて、スリラーがコメディーになってしまうこともある。訳の分からないロシア語や、誇張されたロシア人やロシアの生活、そして怪しげなデータや事実は、ロシアでのアメリカ映画の評判を落としてしまう。これは偏見か、確信犯か、それとも現実がそうなのか?

怠慢説 

 当然ながら、ハリウッドにとって最大の壁はロシア語だ。例えば、「ボーン・アイデンティティー」(2002年)では、主人公の名前が、ロシアのパスポートでは、「アシフ・ルシトシフム(Ащьф ЛШТШФУМ)」と支離滅裂になっている。Foma KINIAEV(フォマ・キニャーエフ)を、ローマ字からキリル文字に変換して、同じキーをそのまま打つとこうなる。製作者は、キリル文字のキーボード上の配列がローマ字と同じだと思ったのだろう。

 「ターミナル」(2004)のトム・ハンクスの役は東欧国籍だが、彼の持つ運転免許証には、タタルスタン共和国のイスラム人女性にふさわしいような「グルナラ・グリナ」という名前が記されている。

 在アメリカ23年の俳優、イーゴリ・ジジキンさんは、ハリウッドで長年働いて来たが、ハリウッド映画は巨額の予算があるのに、言葉やテキストにあまり注意を払っていない、と指摘する。

 「コンサルティング料をけちっているのでないかな。事実確認に時間とお金をかけるのがもったいなくて…。重要なのは、俳優の演技と、CGなどの特殊効果があること」。そう語るのはロシア人プロデューサーのビクトル・アリソフさん。

 

ハリウッドの独善説 

 しかし、ロシアの文化省の映画アーカイブに以前勤めていたエリク・サルキシャンさんは、ただの怠慢ではないと言う。

 「『アルマゲドン』(1998)で、ロシア人宇宙飛行士が毛皮の帽子をかぶって酔っぱらってるなんて、馬鹿にするにも程があります。どうせなら、熊とマトリョーシカでも突っ込めば良かったのさ」と腹立たしげ。

 サルキシャン氏いわく、こんな皮肉と嘲笑は、ハリウッドの世界的優位を証明する。ハリウッドに匹敵するものがないため、何をやっても許される。

 しかし、アリソフ氏は、ハリウッドに描かれるロシアは、アメリカのマスコミの影響が強いと言う。

 「映画に描かれているロシア像は、一般のアメリカ人がもつロシアのイメージそのものです。ハリウッドは、ただ、マスコミに踊らされているだけですよ」。

 

陰謀説 

 ジジキンさんは、ハリウッド映画に出てくるロシアの悪役は、ロシアの強国としてのイメージに貢献しているので、悪くないと考える。

 「戦略的にとても賢いやり方です。ロシアはいつも、強靭な敵として描かれています。まあ、その通りじゃないですか。ロシアは広大な国ですからね」。

 アリソフさんも、この意見にある程度賛成だ。「おそらく、メディア戦争は映画業界でも繰り広げられているのでしょうね」。

 サルキシャンさんは、ロシアでも歪曲されたアメリカのイメージが映画やテレビドラマでまん延していると言う。

 

それでも本物のロシア人を見たい! 

 数年前、「ロシア!」誌は、「イースタン・プロミス」(2007)の主役、ビゴ・モーテンセンに、ハリウッド映画でのロシア人役の最優秀賞を与えた。同誌は、モーテンセンが、ロシア人、ニコライの役を真実にかつ心温まる演技で演じたと賞賛した。

 こういう真実みのあるロシア人は外国映画ではなかなか見受けられないので、たまに、深みがあって複雑な、本物のロシア人が映画に出てくると、ロシアの観客は何度も見入ってしまうのだ。

ハリウッド映画に登場するロシア人:共産主義者で、毛皮の帽子をかぶり、ウォツカを飲む… 

 

1. イワン・ダンコー(アーノルド・シュワルツェネッガー) 

1988年「レッド・ブル」(米国) 

 「レッド・ブル」の舞台はソ連時代のモスクワだ。レッドとは「赤い」共産党の脅威を意味している。ロシアの普通の警官がパロディー風に描かれているため、ロシアでは人気の映画となった。バスでの追跡や、バーニャ(サウナ)での入浴などが、ロシアの警官の日常のように描かれている。ダンコーの相棒役を努めているのはロシアの俳優、ユーリー・オガルコフだ。赤の広場にソ連警官の制服で現れたターミネーター(シュワルツネッガー)はとてもコミカルで、今でもネットミームとなっている。赤の広場での撮影が行われた西側初の映画。

 

2.レフ・アンドロポフ宇宙飛行士(ピーター・ストーメア) 

1988年「アルマゲドン」(米国) 

 アメリカ人の宇宙飛行士たちが、ロシアの宇宙ステーションに向かう。そこには、アンドロポフなるロシア人が1年半の間たった一人でいるという。着いてみると、中にはアンドロポフの親戚の白黒写真がそこらじゅうに貼られている。アンドロポフは、耳付き毛皮帽、ソ連の星のマークとCCCP(ロシア語のソ連の略称)の文字が付いたTシャツという出で立ちで、もちろん、酔っ払ってアメリカ人を出迎える。

 ウクライナ人の宇宙飛行士であるレオニード・カデニュークは、この映画を見て、こうコメントした。

 「ロシアの宇宙ステーションと、毛皮帽をかぶった軍人を見せたところは遺憾に感じた。実際のところ、アメリカ人の宇宙飛行士は、ロシア人の宇宙飛行士をとても尊敬している」。

 

3.ボリス・“ザ・ブレイド”(ラデ・シェルベッジア) 

2000年「スナッチ」(イギリス) 

 1990年代のロシア人はまだ、「国に入り込んできた民主主義を受け入れる羽目になった共産主義者」という風に外国人の目には映っている。ロシア人は、高級品のシンボルとして革のジャケットや高級車や、ボリス・“ザ・ブレイド”のように、武器を買っている。元KGBのボリスは、陰謀、策略、ギャング行為がお得意だ。

 

4.ベロニカ・ボローニナ(オリガ・クリレンコ) 

2007年「ヒットマン」(米仏合作)

 ロシア人の娼婦が、ロシア大統領暗殺未遂事件を目撃する。脚本家にすれば、ロシアでは娼婦以外に女性の職業がないといったところ。この娼婦ボローニナ(ニカ)は、大統領を狙撃した「ヒットマン」の愛人になる。クリレンコは、「007慰めの報酬」、「マックスペイン」などの映画でも、主人公の愛人役を務めている。

 

5.イワン・バンコ(ミッキー・ローク) 

2010年「アイアンマン2」(米国)

 有名なマンガの実写映画化でトニー・スタークの敵役となったのが、ロシア人エンジニアのイワン・バンコ(ウィップラッシュ)だ。通称クリムソン・ダイナモ。演じるミッキー・ロークは、ロシア人ぽくなるために、金歯をはめ、刑務所式の入れ墨をしている。

 

6.イワン・シーモノフ(ブライアン・コックス) 

2010年「レッド」(米国)

 「引退しているが超危険人物」の頭文字であるRED(レッド)は、元CIAのエージェントであるブルース・ウィリスだけでなく、映画に登場するロシアのスパイたちのことでもある。元KGBは、毛皮のコートと耳付き毛皮帽という出で立ちで、その失恋相手のFBIのスナイパーと暗い地下室に座り、机にはウォッカが置いてある。まるでパロディーのようだ。シーモノフの郊外の邸宅でエージェントたちが休んでいる場面では、机の上にサモワール(お茶用湯沸かし器)が鎮座ましまし、壁にはクマの毛皮が掛けられている。こんな場面があると、たとえシリアスな映画でも、ロシア人の観客にはコメディーにしか見えなくなる。

 

7.タイガー・ビターリ(ブライアン・クランストン) 

2012年「マダガスカル3」

 ロシアのサーカスのトラであるビターリは、粗野な雄だ。火の輪をくぐった時に毛皮が焦げてしまい、元のような美しい毛並みにならず、落ち込んでしまう。かつての栄光を懐かしみながら、ウォッカではなくボルシチを寂しく食べる(アニメなのでその辺は配慮して)。本物のロシア人のように悲しみから孤独にハマる。彼は、長年の伝統など洟も引っかけない、軽薄なアメリカのライオンを信用できないのだ。しかし、そのライオンのアレックスは、ビターリに毛皮用のコンディショナーをプレゼントして、元気づける。

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