ロシアの中流家庭の現実

中庭で遊ぶフロローフ一家=オクサナ・ユシコ撮影

中庭で遊ぶフロローフ一家=オクサナ・ユシコ撮影

ロシアの「中流階級」とはどんな人たちなのだろうか?それは、ほぼ全国民が「公務員」だった旧ソ連の崩壊後に生まれた「民間人」を含む新しい階層の人々だ。具体的にどんな暮らしをしているのか?生活水準は?悩みは?将来の夢は? 「ロシア・レポーター」誌が シベリアのトムスク市の若い夫婦の日常を密着取材した。

住宅のローン

流動性の欠如

 ワロージャのような優秀なエンジニアは、別の都市に移り住み、新しい職に就くことができれば、大幅な所得増が見込め、生活水準も向上するだろう。  サンクトペテルブルク周辺など急速に開発が進む地域では、かなり明るい展望が開けるはずだが、彼にはローンが残っているため、トムスクに留まらざるをえないのだ。  このような障害が、官僚主義の壁とあいまって、地域間の労働力の効率的な流通を妨げている。  ロシアでは、新たな都市へ移動する人は、年間1千人中たった6人。米国ではその4倍である。

 フロローフ一家は典型的な中流家庭だ。ウラジーミル(愛称ワロージャ・ 28 )と妻のアナスタシア(同ナースチャ・22)は共に、モスクワの東方3千キロに位置するトムスク市(人口50万)近郊の農村出身。

 ワロージャはトムスク市の工科大学卒業後、同市の電気機械工場で働いていたところ、教育大生のナースチャに出会った。彼女が彼に図面を描くのを手伝って欲しいと頼んだのがきっかけで、やがて二人は結婚し、すぐに長男セルゲイが誕生。

 ワロージャの初任給は1万ルーブル(2011年11
月現在約2万5千円)。高給とはいえなかったが、無利子の25年住宅ローンをオファーしてくれたので、この会社を選んだ。

 おかげで彼はこの若さで、トミ川のほとりに建つ新築ワンルームマンションを購入できた。だが、もし彼が会社をクビになったり自ら辞めたりした場合、住宅ローンを直ちに返済するだけでなく、その時点までの利息も全額を支払わねばならない。

 ワロージャは 
25 年間会社に縛られる運命となったが、それでも「会社側の論理は理解できます。さもないと、みんながローンを欲しがるでしょう。会社はリスクを最小限にしなければなりませんから」と言う。

 実際、大多数の若い家族は住宅ローンを組む余裕などない。この国のローンによる住宅購入は全体のわずか15
%にすぎない。    

月給千ドル以上が中流

ウラジーミル・フロローフさん、工場にて=オクサナ・ユシコ撮影
ウラジーミル・フロローフさん、工場にて=オクサナ・ユシコ撮影

安月給と低生産性

 ワロージャの安月給は生産性の低さが原因だ。ロシアの生産性は米国の4分の1。主な問題は、生産設備の欠陥で、なかには1930年代製のものさえある。徐々に更新されているとはいえ、未だに設備の4分の3は15年以上も前に製造されたものだ。設備更新には、包括的な投資による援助が不可欠である。そこで、ロシア政府は、地方自治体に企業へ補助金を出させる支援策を打ち出した。企業が近代的な設備を購入するためにローンを組んだ場合に、その利息を地方自治体が立て替えるというもの。ちなみに、ロシア企業の生産設備はほとんどが外国製で、国産品はわずか1%との概算もあるほど、輸入に依存している。

 ワロージャが働く電気機械工場は、地下鉄用の空気タービンを組み立てている。巨大な扇風機だ。モスクワの地下鉄の駅も使っている。

 ワロージャの月給は1千米ドル相当(約7万8千円)で年収は約94
万円。地方都市で月給1千ドル以上は「中流」のしるしだ。ローン支払いを差し引くと、月約6万3千円の収入で、うち食費は約1万5千円だ。

 安心して暮らすには「月に(円換算で)約10万円あれば十分」と言うが、そのためには、会社の生産性を上げなければならない。そのためには工場の設備を近代化しなければならない。そのためには長期の契約が増えねばならない。そのためには、原油価格が高止まりし続けなければならないが…。

 生活ががっちりはめ込まれている枠の中では、夢見たり空想したりする余地はない。ローン完済までまだ22年残っている。 

素顔の中流階級

夢は子供3人とダーチャ 

ロシアにおける給与分布

ロシアにおける給与分布

 ワロージャにとって幸せな生活とは、子供が3人いてダーチャ(サマーハウス)があることだ。

 ナースチャの夢も似たようなもので、息子を幼稚園に入れて、社会福祉関係の仕事に就くのが、彼女の当面の希望だ。しかし、全国で150万人の幼児が幼稚園の空きを待っており、息子も例外ではない。

 彼女にとって豊かな暮らしとは、親戚の住むウクライナへ旅行すること。それからエジプトに行ってピラミッドを見て、タイに行き海水浴をして…。

 現実には、子供の世話をしてくれる人もいないし、ベビーシッターを頼む余裕もないので、遠出はおろか外出もめったにできない。

 最後に二人だけでレストランに行ったのはいつだった?この質問に二人は「去年の9月!」と声をそろえて答えた。

 もしワロージャが工場で事故に遭ったらどうなるのか? ローンの返済はできるのか? 彼は突然、嬉しそうな表情をした。「心配ないんです。その時は保険会社が払ってくれますから」。

 彼は一息ついて言った。「正直言って、私はすごく幸運な男なのです。何百万人ものロシア人は、多分私のことを羨ましく思うでしょう」。

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